幕間
遠く離れた、無関係の場所にて。
「しかし、加稲さんの入れる緑茶ほど上手いものはないですね」「ふふ。ありがとう」
基本的に質素倹約に努める加稲ではあるが、緑茶に関しては譲れないものがあるようだ。
「はあ……シン、なんで加稲さんを放ってしまうかなあ。しかもおれを残して」
今日も今日とて、光輝は諫早家を訪れていた。放課後に予定が埋まっていなければ、こうして加稲と取り留めもない雑談でもしながら、自習する。もはや習慣となってきた。
「光輝君もアオナシに行ってみたいの?」「当然。男が一人もいない。それってもう、理想郷じゃないですか」
鼻が伸びそうな光輝は、声からして本気だった。純朴そうな少年風情な外見からは、まるで想像もできない。
「くすくす。光輝君ぐらい社交的なら、アオナシでもモテモテかもしれないわ。森羅みたいに、なまじ女に興味ない風を装っていう方が大変よ、あそこは」「好かれなければもちろん地獄、好かれても大奥……まあ上手くいけないでしょうね。シン、立ち回り下手なことだし」「でも、きっと大丈夫よ。当時の私は頼れる味方がいなくても、十三年通えたわ。光輝君というお手本もいるし」
ギンセカイさんは味方ではなかったのですか? と質問しようと思った。すぐに、人の上に立つ役目を負っていたようだから、身内といえど、頼れなかったのかと思い直した。
「二ヶ月の満期を終了できなかったとしても、すぐに帰ってこれるよう、逃げは用意させましたからね。あいつがそんなことをする腑抜けとか思いたくないですけど、保険ですから」
もしも大きな問題があって、セーム学園に居られなくなる状況になったら、すぐに戻ってくる。そういう取り決めを、光輝と森羅は交わしていた。もっともその場合、その後は光輝の命令を一生聞くのを条件とした。
「あの執念だけは見習いたいものがありますよ、ホント。女にもあれぐらい情熱的なら、入れ食いにはならなくても、彼女の一人くらいはできるでしょうに」「……執念?」
光輝の台詞に、なんともいえない突っかかりを覚えたようだ。
「シンが行ってしまった今だから告白しますけど、」
時は来た、とばかりに、言葉が口から流れ出る。もとより、隠す気なんてさらさらなかった。一ヶ月以上黙っていただけありがたいと思ってほしいぐらいだ。それが光輝の設定していた、せめてもの区切りだった。
「実の父の手がかりがセーム学園にあるから、編入をしたんですよ」「知ってるわ」「おれの思っていた以上に淡泊ですね」
想像していた反応よりもあっさりとしていたので、少し落胆をする。
まあ、森羅に誰よりも近い加稲なら、森羅のことを知り尽くしている加稲なら、気がつかない方が異常か。
「なによりも私を優先する子だもの。実の父を探せば、どうにかなると思ってるんだわ」
あれがなければな、と光輝は苦笑する。マザコンの気が多いにあるのが難点だ。
「諫早家が落ちぶれたのは、『父』のせいではないわ。でも森羅は、それを『父』のせいだと決めつけた。早合点にもほどがあるわね。しかもどこから噂を聞きつけたのか、アオナシに行こうとした」「まさか、セーム学園が受け入れるとは思いもしませんでしたけど。いや、これは真面目に」「光輝君にだって言えないけれど、前例があるもの。現学園長が、その前例を最前線で受け止めたのだから」
加稲の言葉の意味するところは。しかし光輝は驚きの素振りを一つも見せず、口を滑らした加稲もまるで焦ったところはない。
「なにせ――」
加稲は凛々しく、眉を寄せ、次の一言を紡ぐ。
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