青の稲妻・9
【お兄さま】は多忙なので、生徒会役員の仕事は軽減される。しかし級長としての仕事まで少なくなるわけでもない。生徒会の集まりには顔を出す必要がある。その生徒会には、あの布浦後輩が。つい今さっきまで、一騒動をしたばかりなのに。
なるようになれ、か。僕は生徒自治会室に足を踏み入れる。
生徒自治会室には、まず「遅刻厳禁な真面目」が来ていた。佐手さんや破魔がこちらに当たる。残りの半分ほどは、多少の遅刻は許容範囲、という考えを持っているので、あと数分しないと来ないだろう。僕がこちらに当たる。
「聞いたよ、らしゃくん。ふうらくんと一悶着あったそうじゃないか」
会議が始まるまでの空いた時間に、佐手さんが声をかけてきた。さすがにあれほどのことがあったら、佐手さんの耳にはすぐ届く。
「いいえ、ちょっとした話しあいをしていただけですよ」
あれ以外の会話を繰り広げたことはないのだから。僕らからすれば、あれは普通の会話だ。
「……はあ。せめてそういう場では、ぼくを呼んでおくれ。まきなくんが涙目で喧嘩があったことを報告してきた時は、覚悟を決めたものだよ。ついに爆弾が破裂でもしたのかって」
「ま、蒔苗君が!? いつも無駄に凛々しい、あの蒔苗君が!?」
「そうだよ。らしゃくんは、みんなが心配してるんだから――」
「あの蒔苗君が、僕以外には涙を見せるなんて! なんで僕には涙じゃなくて底意地の悪い笑みしか浮かべないんだ!」
「この切り替えが、らしゃくんの強みなのだろうね」
はて。佐手さんはなにかを納得したようだが、僕にはさっぱり。斜め方向にいる破魔が、腕を組みながら深く頷いて「はんま」と言った。相槌や笑う時に使うけど、それってどういう意味なんだろう。深い意味はないような気しかしない。
「以上で、今回の会議を終了とさせてもらおう」
もう終わってしまったか。……あ、しまった。佐手さんの声を音楽として惚れ惚れしていたせいで、まともに内容を聞いてなかった。重要なことがあったら困る。後で破魔から詳しく教えてもらおう。こういうことをやってるから軽蔑されるとか言わないお約束。
「それでは、わたくしは退室させていただきますわね」
布浦後輩が真っ先に席を立ち、生徒自治会室を出て行く。
この人はいつもいつもこうだ。身内以外とはまるで馴染もうとしない。僕にはそれがありがたいけれど、「仲が良くもなく悪くもなく」といった中立の立場だと、扱いに困るらしい。布浦後輩を止める役員は一人もいない。
扉を閉められるのを確認してから、僕は大きく息を吐く。同時に、小さくほっと息を吐いた生徒もちらほら。
「ふうらくんもふうらくんで困ったものだね」
佐手さんは苦笑する。僕もその気持ちは理解したから、同じ表情をしておいた。
「布浦書記長も、生徒自治会員の一員という自覚を持ってもらいたいものです。ねえ。破魔ちゃんもそう思うでしょ?」
「なにをとち狂ったか、ラーナの味方を名乗っちゃってるハマですから。布浦後輩を批准する態度を取らないといけないですねえ」
「そこまでして僕の味方にならなくてもいいんだよぅ!?」
【金牛宮(中二)】の藤沢君とひそひそ話していた破魔の言葉は、僕の胸を抉った。しかし周りはフフフと笑ってばかり。うう、どうして破魔が僕に冷たい一言に対して僕が泣きごとを言うと、みんな笑うんだろう。あれか、お約束の流れってやつか。
「……おお忘れてたよ。らしゃくん。ちょっと残ってくれないかな?」
ぞろぞろと寮に帰ろうとする流れの中で、佐手さんが僕をそう呼びとめた。
「興味深い資料を見つけたんだ。時間はあるかい?」
「大丈夫です。僕は基本、自治会を優先してますから」
昨日のうちに例の件で、会長にお願いしておいたのだった。事件の匂いを嗅ぎつけたのか、刺激を求める佐手さんは、二つ返事で引き受けてくれた。てっきり数日は掛かると思っていたが、まさか翌日には足がつくとは。
「はまくんもよければ。僕は詳しい事情は知らないけれど、この件にはきみも深く関わっていると聞く。らしゃくんの良き伴侶となってくれているようだね」
「ハマのいないラーナなんて、砂糖はあるけど重曹のないカルメ焼きですから」
「膨れてないだけで僕は原材料のままなんだぃ!」
でも、破魔が支えてくれる力に頼りっきりなのも事実なもので。「人」という字ではなく、「ト」であるのが僕と破魔だ。もちろん、一画目が破魔。
「ははは。らしゃくんは黒糖だよ。黒蜜にすれば、和菓子には欠かせない一品のできあがりさ。発展性がある点で、これからが楽しみだよね」
「それより会長、ハマも早く資料を見てみたいです」
「ほら、これだよ」
「佐手さんに流された!」
と突っ込みはしたが、僕もその話題を引っ張るつもりはない。
佐手さんが広げた卒業名簿をジッと見つめる。そこには、二十年前の卒業生の名前が掲載されていた。紙質の劣化が時代の経過を物語っている。
「諫早加稲。これが、諫早男史の母君ではないかな?」
集合写真の中に、どう考えてもこれだろう、と思われる名前があった。
「じゃなかったら、紛らわしい名前をすんな! と抗議したくなりますね」
卒業名簿には、主に活動していたクラブを三つまで載せられる(というより、そのくらいしか欄を設けるほどの事柄がない)。諫早の母、加稲さんの欄には「生徒自治会長」と一つだけ記載されている。……ふむ。【お兄さま】だった、というわけか。この学園に関しては、かなり知り尽くしているはず。二十年経とうが、根本的な部分は変容しようがないのがアオナシ。
さて、ここで小さな情報が一つ。同時に、重要な情報が手に入った。
「破魔。ちょっと思いついたことがあるから、手伝ってくれないかい?」
「おやおや。ぼくに声が掛からないあたり、お役御免なのかな?」
「ごめんなさい。新聞部の規則として、部外者を立ち入り禁止させている場所に入りますので。佐手さんといえど、駄目なんです」
「それじゃあ仕方ないね。生徒会長といえど、倶楽部に介入するだけの権限はないから」
ちょっと寂しそうに佐手さんは笑った。僕の胸が、かなり強く押しつぶされる。
敬愛する人に、いいところを見せたい。そう思うのは、自然ではなかろうか。
「書庫を使うんですか。なにか考えが?」
「イト口を掴んだんだ」
『糸』でもあり、その『糸』を裏で操る『意図』でもあり。
「それと佐手さん。また失礼かけますけど、一つお願いできますか?」
「ぼくができることなら、なんなりと。後輩の期待には応えなくちゃね」
「寮母さんに、遅帰届出してくれます?」
「了解。でも、あまり遅れないようにすること。分かったかい? 暗い闇の中、若い『男女』を二人っきりにさせるなんてこと、推奨できないからね。生徒会長として」
「だったら破魔と同衾してる時点で、僕はお兄さま失格です」
びくんと小さく肩を震わせる破魔。
「……今さら意識させないでくださいよ。ラーナと同室にするのだって、手回しを相当にしないと駄目だったんですから……あ、」
「はい? いやだって、破魔が『だらしない梨山先輩を叩き直すために、同室になるのを命令されましたので!』とか言って、やもめ部屋を謳歌していた僕の押し掛け女房をしたんじゃないか。それなのに、なんで手回しなんか?」
あの当時の僕は完全にフリーだったから、楽に同室になれただろうに。ただ、僕のファンが増え始めた時期でもあったわけだけれど。
「ここぞという閃きと、肝心なところが鈍感な『男性』は、物語の基本だね」
いつも上品な佐手さんが、お腹を抱えて笑っていた。うーん? なんのことだろうね。




