モンスターとの戦い
樫の木の裏は、ひんやりと薄暗かった。
幹に背中をつけると、ごつごつした樹皮の感触が、マント越しにも伝わってくる。
木の向こう側から、キャタピラーの唸り声と、ティエタの悲鳴と、まゆになったスオヤラの「むぐー!」というくぐもった声が聞こえてくる。
心臓が、どくどくと鳴っている。
台所に立つお母さんの背中が浮かんだ。
今の私をお母さんが見たら、どう思うだろう。
いつも忙しいお母さん。でも、疲れた顔で笑ってくれるお母さん。
……お母さん。
なぜこうなったかは分からないけど、私は今から、知らない世界の森の中で、尻文字をします。
そうすると、火の魔法が出るそうです。
そして、虫タイプのモンスターを倒します。
意味が分からな過ぎて、ちょっと涙が出てきた。
私は、袖で涙をぬぐう。泣いている場合ではない。
カタカナでいいのだろうか。
「タイクオッタ・ジョカ・ポルッタ・トゥルタ」
――詳細は、省く。
ただ、書き終えた瞬間、また、私の周りが暗くなり、ゆらりと影が立ち上がった。
すると、背骨の付け根に、ボッ、と小さな太陽が生まれたみたいな熱が走った。それが背骨を駆け上がり、肩を抜け、目の前の空気に向かって、ごうっ、と噴き出した。
炎だ。
真っ赤な炎の渦が、立ち上がる。
私は、不思議と熱くない。
空気が揺らめいて、景色が溶ける。
そして、樫の木の向こう側に飛んでいった。
魔法は、成功した。
「あーーーー!!! いもむし様ーーーーー!」
「むぐむぐむぐーーーー!!!」
ティエタの悲鳴が響く。
樫の木の向こうでは、炎の中で、緑色の小さな体が、苦しそうにのたうっていた。
「あかり様!! 敵はあっちです!!!」
ティエタが必死に叫んでいた。
あっち。
あっちって、どっち。
木の裏に隠れていたから、私には、キャタピラーがどこにいるのかすら、見えていなかった。
私は、木の陰から飛び出した。
見えた。白いまゆになったスオヤラと、その向こうで、大あごをガチガチ鳴らしているキャタピラーが。
――隠れている場合じゃ、なかった。
「タイクオッタ・ジョカ・ポルッタ・トゥルタ!」
今度は、キャタピラーを見ながら書いた。
炎の渦が、一直線にキャタピラーを包みこんだ。
ギシャアアア。
断末魔が、森の空気を震わせる。
焦げたにおいだけが、森に残った。
私は走った。地面の上で、小さく丸まっている、いもむしのところへ。
両手ですくい上げる。
熱い。いつもひんやりしていたのに、熱い。つやつやだった若葉色の体が、ところどころ茶色く焦げている。
「いもむし! ねえ、いもむしってば!」
動かない。
私の手のひらの上で、あんなにちょこちょこ動いていた小さな体が、ぴくりとも動かない。
「はやく、町に行って、治療をしないと!」
ティエタが、スオヤラのまゆを必死でほどく。
まゆから顔だけ出したスオヤラが、「あかり様、ティエタ、先に行け!」と叫んだ。
「うん! ごめん!」
私は、いもむしを胸に抱いて、走った。
ティエタが道を教えてくれる。
白樺の森が、後ろへ後ろへと流れていく。
木漏れ日が、何度も何度も、私の顔の上を通り過ぎていく。
私のせいだ。
その言葉が、走っても走っても、ずっと後ろから追いかけてきた。




