↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/6

守りの戦士

 森は、いいにおいがした。

 湿った土と、苔と、木の皮のにおい。


 白樺の木の幹が、白いろうそくみたいにすらりと並んでいる。

 その間から差しこむ木漏れ日が、足もとの草の上でちらちらと揺れている。


 頭の上では、名前も知らない鳥が、フルートみたいな声で鳴き交わしていた。踏みしめる落ち葉が乾いた音を立てる。


 旅立ちにあたって、私は旅用のマントを借りていた。

 白地に藍の縁取りの、美しいマントだ。

 背中には、金の糸で何か文字が刺繍されている。


 きれいな文字だなと思ってティエタさんにきいたら、「レッツゴー光の尻文字聖女」という意味のことが書いてあるらしい。


 今すぐ脱ぎたい。


 でも森の朝は思ったより肌寒くて、脱げなかった。


「――で、私の世界では、『文化祭』っていう学校のお祭りがあって、出し物をしないといけないんですよ」

「ほほー」

「なんか私って頼みごとしやすいらしくて、いつもやらされちゃうんですよね」

「はっはっは!」


 笑い声が、森じゅうに響く。

 私の隣を歩いているのは、スオヤラさんだ。


「光の尻文字聖女様も、大変ですな!」


 とにかく、大きい。

 背は二メートル近くあると思う。私が見上げると、首が直角になる。

 短く刈りこんだ黒髪に、頬からあごをぐるりと覆う立派なひげ。腕は、私の太ももより太い。なのに、目だけがやけにやさしい。大きな犬みたいな、垂れぎみの茶色い目。


 そして背中には、私の身長よりも大きな盾を背負っていた。

 鉄の板を何枚も重ねた、分厚い盾だ。表面は無数の傷でいっぱいだ。でも、丁寧に磨かれていて、木漏れ日を受けて鈍く光っている。


 肩の上のいもむしが、スオヤラさんが歩くたびに揺れるひげを、興味深そうに見上げていた。


「笑いごとじゃないですよ。スオヤラさん」

「光の尻文字聖女様」


 スオヤラさんが私を見る。


「どうぞ、私のことは、スオヤラと呼び捨ててください」

「でも、私のことを守ってくれるんですよね?」


 私は、スオヤラさんを見上げる。

 答えたのは、ティエタさんだった。


「はい。スオヤラは、盾で守ることにかけては、右に出るものはいない戦士です」


 森を歩きながら、本を読んでいる。

 でも、木にぶつからない。


「いやいや、まだまだ修行が足りません」

「いえ!」

 ティエタさんが、ぱたんと本を閉じた。

「我が国には、光の尻文字聖女様をお守りするために、これ以上の戦士はいません」

 きっぱりした口調だった。


「そして、光の尻文字聖女様。私のことも、ティエタとお呼びください」

「じゃあ、私も、あかりと呼んでほしいんだけど」

「それは無理ですな。光の尻文字聖女様を、呼び捨てなど」

「できるわけないじゃないですか。光の尻文字聖女様を、呼び捨てなど」


 ふたりそろって、同じ角度で首を振った。


「じゃあせめて、『光の尻文字聖女様』はやめて……あかり様とか……」

「では、あかり様、と。そのようにさせていただきますかな」


 ほっとした。どれくらいの旅になるか分からないが、旅のあいだに何千回も呼ばれることになる。そのたびに私の心がすり減る。


 ガサガサッ。

 茂みが、揺れた。


 鳥の声が、ぴたりとやんだ。

 そして、調子の外れたオルガンを、誰かがでたらめに押さえているような音。

 低くて、不安定で、ぐにゃりと歪んだ和音が、背筋を下から上へと逆撫でしていく。


 ヴォ……ヴォォォ……。


「あかり様、気をつけてください」

 スオヤラが、低い声で言った。さっきまでの笑い声が嘘みたいな、静かな声だった。

「え、何なの?」

「モンスターです」


 めきめきめき、と白樺の木がなぎ倒された。

 現れたのは――いもむしだった。

 馬車くらいの大きさの。


 ぶよぶよとした緑と黒のしましまの体。何十本もの短い足が、波のようにうごめいている。

 頭のところには、ガチガチと噛み合わさる、ハサミみたいな大あご。

 腐った葉っぱみたいな、むっとするにおいが漂ってくる。


 私は、肩の上のいもむしを見た。

「君、モンスターだったの?」


 いもむしが、ものすごい勢いで、体を左右に振った。

 違う違う違う、と全身で言っている。


「あれは、いもむし型のモンスター、キャタピラーです!」

「違いが分からない!!」


 いもむしが私を見る。

 あんなのと一緒にしないで、と言っているようだ。

 でも、正直、違いが分からない。


 スオヤラが、私とモンスターの間に立つ。

「あかり様! 私が守りますので、攻撃尻文字魔法をお願いします!」


「え?」


 間。


「私が守りますので、攻撃尻文字魔法をお願いします!」


 こうげきしりもじまほう。

 脳内で、変換ができない。


「……スオヤラは、攻撃しないの?」

「私は、守りの戦士」

「はい」

「ゆえに、武器は一切持っておりませぬ!」

「この戦士、残念すぎる!」

「それでは、守ります!」


 スオヤラは、「うん!」と、腹の底から気合を発した。

 地面が、びりびりと震える。

 すごい。さすが、守りでは右に出るものはいない戦士。


 そして、スオヤラは、キャタピラーにくるりと背を向けた。


「ん?」


 敵に背を向けるとは、どういうことだろう。


 背中の大盾が、キャタピラーのほうを向く。

 そして、腰を落とし、膝を曲げ、上半身を前に倒して、お尻を、ぐいっと、突き出した。


 背中の盾ごと、お尻を突き出している。


 ――守りの構えが、完成した。


「ええと、それは、何を……してるの?」

「何って……、守りですが?」

「どこが?」

「この世界の守りは、このようにするのです」

 ティエタが、当然のことのように言った。


「これで、守……れるの?」

「はい! 体内をめぐる魔力を利用して、尻文字魔法で強化した盾で、守る!」


 スオヤラのお尻が、ぷるぷると小刻みに揺れていた。

 どうやら、ものすごく小さな尻文字で、盾に魔力を送り込んでいるらしい。

 それに応えるように、盾の表面に、うっすらと青い光の膜が浮かび上がる。

 その青い光が、炎のようにゆらめき、柱になった。


 すごい。ちゃんと魔法だ。

 ちゃんと魔法なんだけど。


「ティエタ、あのさ、このスタイルってさ、もう完全に」

「何を想像したかはわかりませんが、違います」

「……いやいやいや、どう見てもそうだよね?」

「違います。カッコいいじゃないですか」

「カッコいいかな?」

「もちろん」

「でも、あれさ、もう、だって、どう見ても」

「さあ、あかり様! 攻撃尻文字魔法をお教えしましょう!」

「おっ、無視したな」


 ティエタは、本を取り出して広げた。


「キャタピラーは、火に弱いモンスターです」

「おお、虫タイプだ」

「何ですかそれ」

「私の世界の話。虫タイプは、火に弱い」

「よくわかりませんが、話は早いですね」


 ティエタは、私を見て微笑んだ。


「どうぞ、尻文字で、火の魔法『タイクオッタ・ジョカ・ポルッタ・トゥルタ』と、お願いします!」


 ええと、タイクオッタ、ジョカ、ポル……


「長いよ! 覚えられないよ! いやだよ! つっこみきれないよ!」


「なぜですか!?」

「恥ずかしいからに決まってるでしょ!?」

「今は、そんなこと言ってられません!」


 ギシャアアアア!

 キャタピラーが、耳をつんざくような声を上げた。


 大あごの間から、白い糸が、滝のように噴き出す。

 糸は、一瞬でスオヤラに巻きついた。

 お尻を突き出した姿勢のまま、スオヤラは、みるみるうちに白いまゆみたいになっていく。


「ぐはーーーーーー!!!」

「スオヤラーーーーー!」

「あかり様、キャタピラーの糸は、猛毒なのです!」

「ああ、もう! 分かったよ!!」


 私は、いもむしを肩から下ろす。


「ちょっとここにいてね」


 私は、走り出した。


「どこに行くのです!?」

「木の陰だよ!」

「なんで?」

「尻文字が恥ずかしいからに決まってるでしょ!」


 私は、キャタピラーとは反対方向の、いちばん太い樫の木の裏へ走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。