その先へ
それから、数日が過ぎた。
町は少しずつ、元の生活を取り戻していた。
パン屋では朝からパンが焼かれ、鍛冶場では金属を打つ音が響いている。
以前と同じ風景。
けれど、そこにいる人たちは、少しだけ違っていた。
誰かを見て笑う。
家族の名前を呼ぶ。
昔の話をする。
すべてが元通りになったわけではない。
失われた時間が戻ることもない。
それでも、自分にとって大切だったものを、もう一度大切だと思える。
それだけで、町の人たちには十分だったのかもしれない。
「レオンさん」
振り返ると、フィアが立っていた。
「カイルさんが呼んでます」
「分かった」
俺たちは町の外れへ向かった。
そこには、カイルがいた。
町を出るための道の脇で、荷物をまとめている。
「もう行くのか?」
「ああ」
カイルは荷物を背負い直した。
「もう調べる必要もないからな」
「……そうだな」
俺も町を見る。
鐘楼は、遠くに見えている。
あれから一度も鳴っていない。
地下の装置も止まったままだ。
「終わったんだな」
カイルが呟いた。
「ああ」
俺は頷いた。
「終わった」
最初に鐘の音を追ったときは、こんなことになるとは思っていなかった。
何が起きているのかも分からなかった。
ただ、町の人たちが何かを失っている。
その原因を探していただけだった。
そこから地下へ行き。
古い装置を見つけ。
集められた記憶を取り込んで。
そして、鐘を止めた。
「長かったな」
カイルが言う。
「そうですね」
フィアが答えた。
俺は少しだけ笑った。
「俺には、そんなに長く感じなかったけどな」
「私は結構長かったですよ」
「そうか?」
「はい」
フィアが少しだけ頬を膨らませる。
カイルが笑った。
「それだけ夢中だったってことだろ」
「たぶんな」
短い沈黙が落ちる。
もう、何かを調べる必要はない。
誰かを追う必要もない。
鐘が鳴る理由を考える必要もない。
そう思うと、不思議な感じがした。
「レオン」
カイルが俺を見る。
「お前はこれからどうする?」
「俺か?」
「ああ」
俺は少し考える。
「旅を続ける」
「そうか」
「まだ行ったことのない場所もあるしな」
「またどこかで会うかもしれないな」
「そのときは、また何か面倒なことに巻き込まれてそうですけどね」
フィアが言う。
「それは否定できないな」
三人で笑った。
「じゃあな」
カイルが手を上げる。
「ああ」
そして、カイルは町とは反対の道へ歩いていった。
カイルの姿が見えなくなってから、しばらく町の入口に立っていた。
「……行っちゃいましたね」
隣でフィアが呟く。
「ああ」
「レオンさん」
「ん?」
「本当に、ありがとうございました」
俺はフィアを見る。
「あんたはこれからどうするんだ?」
「私は、町に残ります」
フィアは町の方を見た。
「まだ、手伝えることがあると思うんです」
記憶が戻ったとはいえ、すぐに全部が元通りになるわけじゃない。
混乱している人もいるだろう。
思い出したことで、向き合わなければならないこともある。
「それに……」
フィアが少し笑う。
「ここは私の町ですから」
「そうだな」
この町で、フィアと出会った。
鐘を追って。
記憶を追って。
気づけば、ここまで来ていた。
「……また会えますかね」
フィアが聞いた。
「分からない」
「ですよね」
フィアは笑った。
「でも、会えたらいいですね」
「ああ」
俺も笑った。
「じゃあ、行く」
「はい」
フィアは町の中へ戻る。
何度か振り返って、手を振った。
俺も手を上げる。
それから、前を向いた。
一人だった。
けれど、寂しくはなかった。
旅の途中で出会った人たち。
この町で過ごした時間。
カイルと一緒に調べたこと。
フィアと歩いたこと。
全部、俺の中に残っている。
記憶は、なくならない。
感じ方が変わることはある。
時間が経てば、薄れていくこともある。
それでも。
残ったものまで、消えるわけじゃない。
俺は歩き出した。
町を背にして、ひとりで。
次にどこへ行くのかは決めていない。
何が待っているのかも分からない。
それでも、進んでいく。
記憶を食う力を持ったまま。
まだ知らないものを探しながら。
俺の旅は、続いていく。




