勧善懲悪マッスル
「やれやれ、何度吹き飛べば学習するんだ、落ちこぼれ。お前たち、あのもやしっ子を黒焦げにしてやれ!」
エリート魔術師のリーダーが鼻で笑いながら命令を下すと、取り巻きの魔術師たちが一斉に杖を構え、灼熱の火球を放った。
「危ないっ!」
後方で見ていたカタボリカが叫ぶ。
しかし、マルトディアは全く慌てることなく、冷静に足を肩幅に開いた。
「シトウさんに教わった通り……かかとに重心! お尻を引いて、胸を張る!」
マルトディアは自身の巨大な杖を両手で握りしめ、完璧なフォームで深く腰を落とす『スクワット詠唱姿勢』をとった。
かつては小鹿のように震えていた細い足は、今や大地に根を張ったかのような絶対的な安定感を誇っている。
「『炎よ、爆ぜろ』ッ!!」
マルトディアの杖の先から、かつてないほど高密度に圧縮された爆発魔法が放たれた。
それはエリート魔術師たちの放った火球をあっさりと飲み込み、彼らの目の前で凄まじい轟音と共に炸裂した。
『ドゴォォォォォォンッ!!』
「ぎゃあああっ!?」
「な、なんだこの威力は!? それに無詠唱だと!?」
爆風に巻き込まれ、エリート魔術師たちが吹き飛ぶ。
しかし彼らが何よりも驚愕したのは、あれほどの超火力魔法を至近距離で放ったにもかかわらず、マルトディアが微動だにせずその場に留まっていることだった。
「バ、バカな……! いつもなら反動で吹き飛んで気絶しているはずだろう!? なぜ踏みとどまっていられるんだ!?」
「ふふん! これが下半身の力です! 僕の大腿四頭筋は、もう裏切らない!」
マルトディアがスクワットの姿勢のままドヤ顔をキメる。
「ひ、ひるむな! 兵士ども、あの女騎士を斬り捨てろ!」
リーダーの悲鳴に近い命令で、数十人の武装兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
だが、その前に立ち塞がったのは、銀髪の女騎士クレアティナだった。
「私の前衛を抜けると思わないことです!」
クレアティナは100キロの鉄の大剣を、床から一気に引き上げた。
もちろん腕の力ではない。
広背筋、大臀筋、そしてハムストリングス。
体の背面すべての筋肉を連動させる『デッドリフト』の究極フォームである。
「フンッ!!」
大剣が横薙ぎに一閃される。
刃が触れるまでもない。
デッドリフトの爆発的な出力によって生み出された風圧(物理)だけで、重武装の兵士たちはまるで枯れ葉のように宙を舞い、ジムの壁に激突して次々と気を失っていった。
「ひぃぃぃっ!?」
「な、なんだこいつら……マルトディアなんか数日前まで、落ちこぼれだったはずじゃ……ッ!?」
エリート魔術師たちは腰を抜かし、完全に戦意を喪失した。
♦︎
「……おい、お前ら! なにを手こずっておるのだ!」
その時、ジムの外に停まっていた豪奢な馬車から、不満げな声が響いた。
手には食べかけの高級ドーナツを持ち、最高級のシルクの服をはち切れんばかりに着込んだ超肥満体の男、この土地を治めるカロリー男爵その人であった。
「わ、私は領地の視察で忙しいのだぞ! さっさとこの小汚い鉄の部屋を私のものに……」
怒鳴り散らしながら足を踏み入れた男爵だったが、目の前の惨状を見て言葉を失った。
自慢のエリート魔術師と兵士たちが全滅し、その中央で、見知らぬ屈強なおっさんが大胸筋をピクピクと動かしながら最高の笑顔でこちらを見下ろしていたからだ。
「……ひっ!?」
「よく来たな、カロリー男爵。お前が領民から重税を搾り取り、毎日スイーツと脂身ばかり食べているという噂の男か」
豪がズシン、ズシンと重い足音を立てて歩み寄る。
男爵は恐怖に顔を引きつらせ、慌てて逃げ出そうとした。
しかし背後の扉はすでに召喚獣のニト子(上腕二頭筋)とコウハイさん(広背筋)によって塞がれていた。
「ば、バケモノどもめ……! こ、こっちに来るな!
金か?!金ならいくらでも払う! 命だけは助けてくれぇぇっ!」
恐怖に顔を歪めるでっぷり太った男爵は、無様に地面に突っ伏して命乞いをした。
そんな彼を見下ろし、豪は満面の笑み方に手を置く。
「安心しろ。命など取らん。お前には圧倒的に運動が足りていないだけだ」
「……えっ?」
「さあ、まずは体幹トレーニングからだ。お前のような腹の出た男には、最高のメニューを用意してある。フッキンちゃん、頼んだ!」
「はい、マスター。糖質塗れの豚に、真の苦痛を与えます」
豪の呼びかけに応じ、シックスパックの筋肉娘・フッキンちゃんが現れる。
彼女は冷徹な目で男爵を見下ろすと、有無を言わさず彼をうつ伏せにさせ、両肘とつま先だけで体を支える姿勢——『プランク』のポーズを強制した。
「な、なんだこれは……!? 腕と、腹が……ぷるぷるするぞ!?」
「甘ったれるな! 腰が落ちているぞ! 腹横筋を締めるんだ!」
豪の容赦ない怒声が響き渡る。
さらに、フッキンちゃんが男爵の分厚い背中の上にふわりと飛び乗った。
「重っ!? ぎぃぃぃっ! 腰が、腰が砕けるぅぅっ! なんだこの地味な拷問はぁぁっ!?」
自分の重い体重に加え、フッキンちゃんの体重が体幹にのしかかる。
これまで贅沢の限りを尽くしてきた運動不足の男爵にとって、それはまさに生き地獄だった。
全身から滝のような汗が噴き出し、顔は真っ赤に染まる。
「もう……もう無理だ……! 腕が、腹がちぎれるぅぅ! もう10分は経っただろう!?」
泣き叫ぶ男爵に対し、豪は無慈悲な現実を突きつけた。
「何を言っている、まだ15秒だぞ」
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
男爵の絶望の叫びがジム内に響き渡る。
しかし、豪の愛のあるお仕置きはこれだけでは終わらない。
「男爵、プランクの次は領地視察です。
領主たるもの、自分の足で領地を視察し、足腰を鍛えるべきだ。
このまま隣町まで『ウォーキング・ランジ』で向かいますよ。糖質を燃やし尽くしてください」
「嘘だろ……隣町まで20キロはあるんだぞぉぉっ!? 膝が、膝が爆発するぅぅっ!!」
ガクガクと震える生まれたての小鹿のような男爵をよそに、豪と筋肉娘たち、そして見事な成長を遂げたクレアティナとマルトディアは、最高の笑顔でプロテインで乾杯を始めた。
「ちょっと、いくらなんでもやりすぎじゃないの!?」
エルフのカタボリカのツッコミも虚しく、男爵の悲鳴と大腿四頭筋の破壊音は響き渡るのだった。
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