肉体改造合宿とシトウさん
冒険者ギルドでの報告を終え、豪たちは自らの拠点、かつての『暴食の迷宮』であり、現在は最新鋭の機材が立ち並ぶ『24時間営業フィットネスジム』へと帰還していた。
ピカピカに磨き上げられたフローリングに、ズラリと並ぶ黒光りするパワーラックや巨大な鏡。
異世界には似つかわしくないその光景を改めて見渡し、エルフのカタボリカが目をパチクリとさせた。
「……そういえば、色々と巻き込まれてスルーしてたけど、今更なんだけどさ。ここって一体なんなの?」
「よくぞ聞いてくれた! ここは『フィットネスジム』! 天候に左右されず、24時間いつでも己の肉体を限界まで追い込むことができる至高の聖域だ!」
豪が大胸筋をピクピクと動かしながら、バーベルやルームランナーの用途を熱く語る。
しかし、それを聞いたカタボリカは、滑車のついた巨大なマシンの表面を撫でながら、いぶかしげに目を細めた。
「ふーん……。でも、私これでもエルフとしてそれなりに生きてるけど、こんな金属加工見たことないわ。
この鉄の棒の滑らかさとか、謎の歯車(滑車)の精密さとか……手先の器用なドワーフの職人でもあり得ないくらい。
コレ……精巧に作られすぎじゃない?一体どういう技術なの?」
ピクッ。
その鋭すぎる指摘に、豪の屈強な肉体が硬直した。
(ヤ、ヤバい……ッ!!)
豪の脳裏に、真っ白な空間で出会った神様の底意地の悪い笑顔がフラッシュバックする。
『いいか、お前が別世界からの転生者であることを絶対に他言してはならん。
もし喋った場合……ペナルティとして、お前の筋肉をすべて没収する』
もしここで「実は俺の前の世界(地球)の最新鋭の機材でして……」などと口走ろうものなら、この愛してやまない分厚い大胸筋も、丸太のような上腕二頭筋も、すべて虚空へと消え去ってしまうのだ!
「だ、ダンジョンの不思議な力だ!!」
「えっ?」
「お、俺の住んでいた街だと、こういうのはどこにでもある凄く有名な施設なんだ!
ウ、ウン! だから俺の筋肉への強い想いをダンジョンの核が読み取って、気を利かせて再現してくれたのだろう! ハッハッハ、唸れ筋肉サイドチェストォォ!!」
冷や汗をダラダラと流しながら、無駄にキレのあるポージングを決めて必死に誤魔化す豪。
カタボリカは、そんな不自然極まりないおっさんを、冷ややかな『ジト目』でじーっと見つめた。
「…………へぇ」
「な、なんだエルフよ。俺の広背筋に見惚れたか!?」
「……まあいいわ。深掘りすると、また面倒くさい筋肉語りが始まりそうだし」
カタボリカは深くため息をつくと、あっさりと追求を諦めてくれた。
豪は心の中で(助かったぁぁぁ……! あぁ神よ、俺の筋肉は守られました!)と安堵の涙を流したのだった。
♦︎
「ごほんっ! さ、さあ、ここからが本番だ! あの小太り男爵とモヤシ魔術師どもに、真のフィジカルを見せつけるための合宿を始めるぞ!」
「はいっ、師匠!」
「はい、師匠……っ!」
気を取り直した豪の号令に、クレアティナとマルトディアが一列に並んで大きな声で返事をする。
その横では、カタボリカがルームランナー(自走式)の上で嫌々歩かされていた。
「どうして帰ってきて早々、また歩かされてるのよ……」
「有酸素運動はアップの基本だ、カタボリカ!
さて、まずはクレアティナ! お前の課題は圧倒的なバルク(筋肉量)不足だ。あの100キロの大剣を軽々と振るうための背中と下半身を作るぞ!」
「はいっ! どのような過酷なメニューでもこなしてみせます!」
豪はクレアティナをバーベルの前に立たせた。
「筋トレの王道、『デッドリフト』だ! 床にあるバーベルを、背筋を真っ直ぐにしたまま股関節の力で引き上げる。
広背筋、大臀筋、ハムストリングス……体の背面すべてを鍛え上げる最強の種目だ!」
「ふんっ! はぁっ……!」
「そうだ、目線は前! 背中が丸まっているぞ、肩甲骨を寄せて胸を張れ!」
豪の熱血指導のもと、銀髪の女騎士が汗だくになってバーベルを引き上げる。
限界まで追い込まれた彼女の口に、ニト子がすかさず茹でた鶏むね肉とプロテインを放り込んだ。
「んぐっ、もぐもぐ……っ! 美味しいです、筋肉が喜んでいます!」
「素晴らしい食いっぷりだ! 破壊と栄養補給のサイクルが、お前をデカくするぞ!」
続いて、豪はふらふらと壁に寄りかかっているマルトディアに向き直った。
「マルトディア! お前は魔法の反動に耐えるための『圧倒的な土台』が必要だ。
自重のスクワットでは負荷が足りん。バーベルを担げ!」
「ええっ!? ぼ、僕の体重より重いですよこれ!?」
自身の背丈ほどもあるバーベルを肩に乗せられ、生まれたての小鹿のように膝を震わせるマルトディア。
「安心しろ、最高のパーソナルトレーナーを呼んでやる。唸れ筋肉! フロントスプリットォォォ!!」
豪が片脚を前に出し、太ももの筋肉を極限まで強調するポーズを決めると、空間が歪んで新たな召喚獣が顕現した。
『ワンツー、ワンツー! 膝が内側に入っていますよ、つま先と同じ方向に向けて!』
現れたのは、ショートパンツにスポーツブラという陸上選手のような出で立ちの、快活なポニーテールの少女だった。
彼女の太ももには、ギリシャ彫刻のように深く刻み込まれた大腿四頭筋のカットが浮かび上がっている。
「おお! 大腿四頭筋の化身、今日から君は『シトウさん』だ! マルトディアのフォームを徹底的に管理してやってくれ!」
「イエッサー、マスター! さあマルトディアさん、かかとに重心を置いて! お尻を後ろに引くように深くしゃがんで! はい、そこから一気に立ち上がる!」
「ひぃぃぃっ! も、太ももが爆発しそうですぅぅっ!」
シトウさんのスパルタ指導のもと、マルトディアの悲鳴がジム内に響き渡る。
過酷なスクワット、プロテインの大量摂取、そしてまたスクワット。
もやしっ子だった彼女の細い足が、徐々に確かな踏ん張りを身につけていった。
♦︎
「……ねえ、ちょっといいかしら」
ルームランナーで走り続けていたカタボリカが、ふと不思議そうな顔をして自分の手のひらを見つめた。
「なんだか、いつもより魔力の巡りがスムーズというか……呼吸が深くなっている気がするんだけど」
豪はしたり顔でカタボリカにアドバイスをする。
「ふはは! 当然だ! 心肺機能が向上すれば、魔法の詠唱に使う酸素も効率よく取り込める。
お前の風魔法も、より強烈な威力を発揮するはずだぞ!」
カタボリカは目を逸らしつつ、「……っ! 別に嬉しくなんかないんだからね! 汗臭いのは嫌いなんだから!」そう言いながらもルームランナーの速度を少しだけ上げた。
それから数日間。
外界から隔離された快適なジム環境で、彼女たちはひたすら「食べて、寝て、限界まで鍛える」という究極の生活を送った。
豪の生成する高品質なマッスル食材とプロテインにより、彼女たちの体は異世界ではあり得ないスピードで超回復を果たしていった。
そして、合宿の最終日。
「ハァァァァッ!!」
ジムの中央で、クレアティナが大剣を横薙ぎに一閃した。
風圧が巻き起こるが、彼女の体はブレない。
腕や背中には、うっすらとしなやかな筋肉の筋が浮かび上がり、重い大剣をコントロールしていた。
「師匠! デッドリフトのおかげで、背中と下半身が連動する感覚が掴めました!」
「ナイスバルクだ、クレアティナ! 見違えるようなフォームだぞ!」
「僕も……いきます! 『炎よ、爆ぜろ』っ!!」
マルトディアがバーベルを担いだままスクワットの姿勢を取り、壁当て用のマトに向かって爆発魔法を放った。
ドゴォォォンッ!! と凄まじい爆風が吹き荒れるが、彼女の両足は床に根を張ったようにピタリと止まり、一歩も後ろに下がらなかった。
「や、やりました……! 全く吹き飛びません! 足の裏で地面を掴む感覚……これが、下半身の力!」
「その通りだマルトディア! お前の大腿四頭筋が、ついに覚醒したな!」
二人の弟子の成長に、豪が感動の涙を流しながらサイドチェストを決めていると――。
『ドガァァァンッ!!』
突然、ジムの入り口のガラス扉が乱暴に破壊された。
土足で踏み込んできたのは、ギルドで豪たちをバカにしていた、あのカロリー男爵直属のエリート魔術師たちと、武装した数十人の兵士たちだった。
「フン。男爵様のご命令で、浄化されたこの迷宮を接収しに来てみれば……ギルドにいた落ちこぼれ共が入り浸っていたか」
先頭に立つ魔術師が、冷酷な笑みを浮かべて杖を構える。
「ここは今日から男爵様の私有地だ。
大人しく立ち去るなら命だけは助けてやってもいいぞ、筋肉バカども」
一触即発の空気。
しかし、クレアティナもマルトディアも、もはや数日前の彼女たちではなかった。
「……師匠」
クレアティナが大剣を構え、マルトディアが杖を握りしめて深く腰を落とす。
二人の目には、確かな自信と闘志が宿っていた。
「ああ。筋肉は決して裏切らない。その真理を、あの青白きモヤシどもに教えてやれ!」
豪の号令と共に、地獄の合宿を乗り越えたマッスル乙女たちの、圧倒的な反撃が始まろうとしていた。




