大剣の女騎士と広背筋
脂肪スライムの襲撃から数日後。
豪とカタボリカは、隣の巨大都市へと続く街道を歩いていた。
あの後、無事に街の厨房を借りて鶏むね肉を茹でることに成功した豪だったが、彼の筋肉探求の旅がそれで終わるはずもなかった。
「より質の高いタンパク質(魔物の肉)と、より強い物理的負荷(強い魔物)を求めて旅をしたい」と言い出した豪に対し、カタボリカが同行を申し出たのだ。
「勘違いしないでよね。私はあのスライムの襲撃を、隣街のギルド本部に報告しに行かなきゃならないの。
馬車の護衛代わりとして一緒に連れて行ってあげるだけなんだから」
「わかっているとも! 命を救った恩をきっちり返そうとするとは、エルフとは義理堅い種族なのだな。
おかげで良い有酸素運動になりそうだ!」
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そして何故か街道を歩く二人。
「いやだから、なんで馬車に乗らずに歩いてるのよ!?」
街道を自分の足で歩きながら、カタボリカが恨めしそうな声を上げた。
彼女の美しい金髪は汗で少し張り付き、息も絶え絶えになっている。
「愚問だな、カタボリカ。有酸素運動は脂肪燃焼の基本にして、基礎体力を底上げする至高のトレーニングだ。
馬車などという文明の利器に頼っていては、足腰が鈍ってしまうぞ」
豪は、自身の体重ほどの重さがある特大のリュックサック(中身は自作の石ダンベルとプロテイン)を背負いながら、清々しい笑顔で答えた。
その隣では、召喚獣のニト子が「マスター、ふくらはぎのカットがいい感じです!」と声援を送っている。
「私はエルフの魔法使いなのよ!? 肉弾戦なんてしないんだから、足腰を鍛える必要なんてないじゃない!」
「甘い! どんな強力な魔法も、ブレない下半身があってこそだ。
……さあ、膝を高く上げて大股で歩くんだ。ランジウォークを意識しろ!」
「もう嫌ぁぁ……! 誰か助けて……!」
カタボリカが涙目で天を仰いだ、その時だった。
『ギャギャギャッ!』
『甘いモノ……ヨコセェェ!』
街道の先、小高い丘に築かれた関所から、激しい剣戟の音と魔物の叫び声が聞こえてきた。
豪たちが駆けつけると、そこには数十匹の『糖質ゴブリン』の群れと、関所を守る騎士たちが激しい戦闘を繰り広げていた。
糖質ゴブリンは、キャンディの杖やドーナツの盾を持った、見るからにカロリーの高そうな魔物である。
その激戦の最前線で、ひときわ目を引く人物がいた。
「ハァァァァッ!!」
身の丈ほどもある巨大な鉄の大剣を振り回し、ゴブリンたちを次々と吹き飛ばしていく長身の女騎士だった。
美しい銀髪をなびかせ、重厚な鎧を纏った彼女の姿は、まさに戦乙女のような気高さに満ちていた。
しかし……。
「はぁっ……はぁっ……! しぶとい魔物たちね……!」
女騎士の息はあがり、その動きは明らかに鈍っていた。
無理もない。100キロはあろうかという大剣を力任せに振り回し続けていれば、いかに鍛え上げられた騎士であってもスタミナはあっという間に枯渇する。
彼女が体勢を崩した隙を突き、ゴブリンたちが一斉に飛びかかろうとした。
「危ないっ!」
カタボリカが風魔法の詠唱に入ろうとした、その瞬間。
「……なんという事だ!!」
豪が、地を蹴って猛烈なスピードで前線へと飛び出した。
そして、女騎士を庇うように立ち塞がる……のではなく、女騎士の真横にピタリと立ち、大声で怒鳴りつけた。
「おいそこの君! フォームがめちゃくちゃだぞ!!」
「……えっ?」
死を覚悟した女騎士は、突然現れたおっさんに怒鳴られ、目をパチクリとさせた。
「その大剣の重量、アップライトロウとデッドリフトの複合動作で振り回しているのは素晴らしい!
だが、腕の力だけで持ち上げようとしているからすぐにバテるんだ! もっと広背筋を使え! 肩甲骨を寄せて、体幹をロックしろ!」
「こ、広背筋……!?」
豪のあまりにも的確な(しかし場違いな)アドバイスに、女騎士は無意識のうちに姿勢を正した。
「マスター! 敵が来ます!」
ニト子の警告の声。
しかし、豪は慌てることなく女騎士の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「よく見ておけ。これが、背中の筋肉の正しい使い方だ!」
豪は両手を腰に当て、肩甲骨を極限まで広げるボディビルの規定ポーズをとった。
「唸れ筋肉! ラットスプレッドォォォ!!」
その瞬間、豪の分厚い背中が、まるで鬼の顔のような恐ろしい筋肉の隆起を見せた。
背中から溢れ出した魔力が光の柱となり、新たな筋肉娘が顕現する。
『……呼びましたか、マスター』
光の中から現れたのは、落ち着いた雰囲気を持つ、黒髪の長身の美女だった。
彼女は背中が大きく開いたドレスのような衣装を着ており、その背中には、豪と同じように見事な『鬼の顔』が刻み込まれていた。
「おお、来てくれたか! 広背筋の化身、今日から君は『コウハイさん』だ!」
「承知しました。……あの甘ったるい魔物たちを、片付ければいいのですね?」
コウハイさんは静かに頷くと、敵の群れに向かって背中を向けた。
そして、豪と同じ『ラットスプレッド』のポーズを決め、背中の筋肉を一気に弾けさせた。
『ふんっ……!』
ドゴォォォォォンッ!!
ただ広背筋を広げただけ。
それなのに、筋肉の躍動によって生み出された暴風(物理)が、糖質ゴブリンたちをまとめて空の彼方へと吹き飛ばしてしまったのだった。
「……な、なんて恐ろしい風圧……! 私の風魔法より威力が高いじゃないのよ!」
後方で見ていたカタボリカが、信じられないものを見る目でへたり込む。
戦闘は一瞬で終わった。
女騎士は、自分の大剣を地面に落とし、震える目で豪の広く逞しい背中を見つめていた。
「あ、ああ……なんという美しく、そしてデカい背中……! そして、一切の無駄がない完璧なフォーム……!」
彼女は顔を真っ赤に染めると、豪の足元に勢いよくひざまずいた。
「どうか、どうか私を弟子にしていただきたい、師匠!私はクレアティナ。
もっと重い剣を、もっと美しいフォームで振るえるようになりたいのです!」
「ふむ、素直で良い心がけだ。君の骨格なら、まだまだバルクアップできるぞ!」
豪が親指を立てて笑いかけると、クレアティナは目を輝かせて「はいっ!」と返事をした。
「ちょっと! なんで弟子入りしちゃってるのよ!? これ以上、暑苦しいのを増やさないでよぉぉっ!」
カタボリカの悲痛な叫びは、筋肉たちの爽やかな笑い声にかき消されていくのだった。




