始まりの草原と初めての召喚
まずは、豪が転生した後の話をしなければならない。
神様との(一方的な)面会を終え、豪が目を覚ますと、そこは見渡す限りの緑が広がる名もなき草原だった。
「ここが異世界か……。空気の抜けが良いな。
うん、有酸素運動にはもってこいの環境だ!」
豪は深呼吸をして大胸筋を大きく膨らませる。
「おっと、そうだそうだ……」
さっそく神様から授かったスキルを試すことにした。
異世界での生存、もとい筋肉の維持において最も重要なのは栄養補給である。
「まずはこれだな、固有魔法……『プロテイン生成』!」
豪が手のひらをかざして念じると、ポンッという軽い音と共に、最高品質のホエイプロテイン(バニラ風味)の粉末が山盛りに現れた。
「おお! なんてきめ細やかなパウダーだ! ダマになりにくそうな上質な粉……!」
感動に打ち震える豪だったが、すぐに致命的な問題に気がついた。
「……しまった、水がない」
さすがに粉をそのままむせることなく飲み込むのは喉への負担が大きい。(通称:ビルダー飲み)
豪は神様からチュートリアル的に教わっていた便利スキル『空間収納』を起動し、泣く泣くプロテインの粉を亜空間へとしまい込んだ。
「気を取り直して、次は食事だ。『マッスル食材生成』!」
再び念じると、今度は豪の目の前に立派な「ブロッコリー」と、皮が綺麗に剥がされた「鶏むね肉」がゴロンと転がり出た。
トレーニーにとっての完全食とも言える完璧なラインナップである。
「素晴らしい……! 見るからに高タンパク・低脂質だ。だが……」
豪は生の鶏むね肉を見つめて腕を組んだ。
いくら強靭な肉体を手に入れたとはいえ、生の鶏肉をそのままかじりつくのはカンピロバクターなどの食中毒リスクが高すぎる。
筋肉を愛する者は、健康管理にも人一倍気を遣うのだ。
「茹でるための鍋も火もないな。仕方ない、鶏むね肉は後回しだ」
豪は鶏むね肉をインベントリに収納すると、残された生のブロッコリーを手に取った。
そして、何の躊躇いもなく「ボリッ、ムシャムシャ」と生でかじり始めたのだった。
青臭さなど気にならない。
これは食事ではなく、筋肉への栄養補給なのだから。
「さて、腹ごしらえも済んだことだし、本命のスキルを試すとするか」
豪は生ブロッコリーを完食し、口の周りを拭いながら立ち上がった。
神様から授かったレアジョブ『召喚士』。
召喚術の基本について、神様はこう説明していた。
『いいか、召喚獣を喚び出すにはイメージが重要じゃ。
己の魔力を練り上げ、どんな存在に助けを求めたいか、頭の中で強く思い描くのじゃぞ。
イメージが強固であればあるほど、強力な幻獣が応えてくれるじゃろう』
「強固なイメージ、か」
豪は目を閉じ、精神を集中させた。
異世界ファンタジーにおける召喚獣といえば、炎を吐くドラゴンや、神聖なペガサス、あるいは可愛らしい精霊などを思い浮かべるのが普通だろう。
しかし、豪の脳裏に浮かんだのは、ただ一つの絶対的な〝真理〝だった。
(頼れる存在……俺を助けてくれる力……それはもう、決まっている)
豪は目を見開き、自身の魔力(という名のパンプアップの熱量)を両腕に集中させた。
「いやただ祈るだけではイメージが足りんな! 肉体の躍動をもって、俺の魂の形を示す!!」
豪は右腕と左腕を胸の前で力強く交差させ、全身の筋肉を収縮させた。
召喚のトリガーとして彼が選んだのは、ボディビルの規定ポーズだった。
「唸れ筋肉! サイドチェストォォォ!!」
その瞬間、豪の鍛え抜かれた上腕二頭筋が異様な光を放ち始めた。
強烈な筋肉のイメージと魔力が結びつき、虚空に光の柱が立ち昇る。
バニラ味のプロテインの香りが周囲に漂う中、光の中から現れたのは、自身の背丈ほどもある巨大なダンベルを両手で軽々と持ち上げた、褐色の肌を持つ健康的な少女だった。
彼女の腕には、少女らしからぬ見事な力こぶ(上腕二頭筋)が隆起している。
「おお……! なんて美しいバルクとカットなんだ……!」
「マスターの強いイメージ(筋肉への執着)に引かれてやってきました! 私、マスターの腕の筋肉の化身です!」
豪は感動のあまり震える声で告げた。
「君の上腕二頭筋は本当に素晴らしい。そうだ、今日から君の名前は『ニト子』だ!」
「ニト子! 素敵な名前をありがとうございます、マスター!」
巨大なダンベルを振り回して喜ぶニト子を見て、豪は満足げに頷いた。
初めての召喚は大成功である。
「よしニト子。俺たちはこれから、鶏むね肉を安全に茹でるための調理器具を探さなければならない。
どこか近くに、人が住んでいる街はないだろうか?」
「それならマスター! あっちの方に、大きな壁が見えますよ!」
ニト子がダンベルの先で指し示した方向には、確かに石造りの防壁で囲まれた街のシルエットが見えた。
「でかした! すぐに向かうぞ。カタボリック(筋肉分解)が始まる前に、良質なタンパク質を摂取しなければ!」
豪とニト子は、筋肉を揺らしながら街へと向かって颯爽と駆け出した。
その街の防壁のすぐ外で、筋肉嫌いの風エルフ(カタボリカ)が巨大な脂肪スライムを前に絶望していることなど、この時の彼らは知る由もなかったのだった。




