神様とプロテインと究極の制約
「……で? あんた一体何者なのよ?
魔法陣もなしに召喚術を使うし、変なポーズは取るし、急に変な粉を飲み始めるし……どこから来たっていうの?」
エルフのカタボリカからの矢継ぎ早の質問を受け、豪は冷や汗を流していた。
本来であれば「別の世界から転生してきた北枝豪だ」と素直に答えたいところだが、彼にはそれが絶対にできない『海よりも深く、ダンベルよりも重い理由』があったのだ。
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愛するベンチプレスの下で息を引き取った豪が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
目の前には、白い髭を蓄え、深くため息をつく初老の男――この世界を管理する『神様』らしき人が座っていた。
「……あのな、お前。いくらなんでもストイックすぎやせんか?」
「はて、何のことでしょうか」
「とぼけるな! お前の寿命はあと40年は残っておったんじゃぞ!
それを、睡眠時間も削って24時間ジムに通い詰め、限界を超えて150キロのベンチプレスを挙げようとした挙句、過労で死ぬとは何事じゃ! 筋肉をいじめるのも大概にせい!」
神様の雷のような説教が響き渡る。
しかし、豪の心に反省の色は一切なかった。
「あぁ神よ。筋肉は破壊と再生を繰り返して成長するのです。
あの時の私は、確かに死線を超え、新たなパンプアップの境地に至るはずだったのです」
「その結果、死んでおるじゃろうが!
全く……お前の自己管理能力のバグのせいで予定外の死者が出てしまった。
例外中の例外じゃが特別に世界剣と魔法のファンタジー世界へ転生させてやろう」
「別世界への転生……!」
豪の目が、少年のようにキラキラと輝き始めた。
「ということは、まっさらな新しい肉体でっ!
また一から筋トレをやり直せるということですか!?
ファンタジー世界の未開の重力、未知のモンスターとの物理的負荷……素晴らしい! 最高のバルクアップ環境だ!」
歓喜のポーズ(モスト・マスキュラー)を決める豪を見て、神様は頭を抱えた。
「お前は本当に筋肉のことしか頭にないんじゃな……。
いいか?新しい世界は『魔法至上主義』じゃ。
筋肉など大して役に立たん。
……お前がすぐ死なないように、特別にレアジョブを与えてやろう」
「レアジョブ、ですか?」
「うむ。『召喚士』じゃ。強力な幻獣を使役し、安全な後方から戦うことができる。
これならお前のような筋肉バカでも、無駄に前に出て死ぬことはないじゃろう。
おまけに言語理解のスキルもつけてやる」
「おお、召喚士! それはありがたい!」
素直に喜ぶ豪だったが、次の瞬間、ある重大な事実に気がつき、顔面を蒼白にさせた。
「……ま、待ってください神様。
その異世界には……まさか、ホエイプロテインは存在しないのでは?」
「は? まあ、中世レベルの文明じゃからな。そんな怪しい粉はないぞ」
「な、なんということだ……!」
豪は、真っ白な床に膝をつき、そのまま額を擦り付けるような完璧な土下座の姿勢をとった。
「お、お願いします神様!!
プロテインが……プロテインがなければ俺の筋肉はカタボリック(分解)を起こし、せっかくの異世界ボディが萎んでしまいます!
それだけは……それだけはどうかご勘弁をぉぉぉ!!」
「いや、召喚士なんじゃから筋肉は必要ないじゃろ!?」
「筋肉が不要な世界などありません!!
どうか、どうか俺にプロテインを生成する力を!
あとついでに、ブロッコリーと鶏むね肉(皮なし)を生成する力もお願いします!!」
なりふり構わず、涙ながらに懇願する屈強なおっさん。
そのあまりの暑苦しさと執念に、神様は完全にドン引きしていた。
「わ、わかった! わかったから顔を上げい!
特別に固有魔法『プロテイン生成』と『マッスル食材生成』を授けよう!
だからもうこっちを見るな!」
「おおおっ! ありがとうございます!!」
「…0ただし!」
神様は、念を押すように厳しい声で告げた。
「お前が『別世界からの転生者』であることを、他言してはならん。
次元の管理が面倒になるし、神同士のいざこざの種になるからな。絶対に秘密じゃぞ?」
「承知いたしました、俺の口の堅さは収縮した大臀筋のごとく固いですよ」
神様は気にせずスルーする。
「……もし、そのルールを破って転生者であることを喋った場合……」
神様は、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「ペナルティとして、お前の筋肉をすべて没収する」
「なっ……!?」
豪にとって、それは死よりも恐ろしい究極の宣告だった。
筋肉を没収される。
すなわち、ただのヒョロガリのおっさんに成り下がるということだ。
想像しただけで、全身の血の気が引き、呼吸が浅くなる。
「わ、わかりました……! 絶対に……絶対に喋りません! 墓場まで、いや、来世の果てまで持っていきます!!」
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(神よ……俺は絶対に喋りません。
この素晴らしい筋肉を、マッスル・ボディを失うわけにはいかないのだから!)
豪は現実の草原で、自らの大胸筋をギュッと抱きしめた。
目の前では、カタボリカがいぶかしげな目で彼を見つめている。
「ちょっと、聞いてるの? どこから来たのかって聞いてるんだけど」
「……お、俺は……っ」
豪は必死に頭を回転させた。
転生者だと言えば筋肉が消滅する。
別の国から来たと言っても、身分証も何もない。ならば、この強靭な肉体だけを理由にするしかない!
「俺は……ただの『筋肉を愛する旅人』だ!! より強い負荷を求めて、あてもなくさすらっている!!」
「はあ!? なによその胡散臭い自己紹介!」
カタボリカが怒りの声を上げるのも無理はない。
しかし、豪は構わず自作のプロテインが入ったシェイカーを高く掲げた。
「細かいことは気にするなエルフよ。
それよりも、この粉こそが筋肉を創る神の雫、プロテイン!
激しい運動(魔法)の後のゴールデンタイムには、この一杯が細胞の隅々まで染み渡るのだ!」
「だから! 質問の答えになってないって言ってるのよ!! っていうか近づけないで、汗臭いから!」
豪がシェイカーを差し出すと、カタボリカは涙目で距離を取った。
傍らでは、召喚獣のニト子が「もったいないですねー」と言いながら、豪のプロテインを美味しそうに飲んでいる。
「ふはは! これからよろしく頼むぞ、カタボリカ!」
「私の名前を気安く呼ぶな! 変な菌が移りそうでしょうが!!」
転生という最大の秘密を筋肉への執念で強引にねじ伏せた豪と、それに巻き込まれた不憫なエルフとの出会いはこうして始まった。




