第三十話
そこはのんびりした空気が漂う大きめの街であった。
中央部には平屋の木造住宅が建ち並び、街区の周囲からは小麦とトウモロコシの広大な畑、そして広々とした牧畜区画。
放し飼いにされた牛たちが自由気ままに牧草を食む。
街区の中には原色をベースとした派手な看板を掲げた店が建ち並び、客を誘っている。
街の入り口には、これまた派手で大きな看板が掲げられている。
「ようこそ、自由と博愛の街へ!」
そう、ここはアメリカを愛する者たちが開拓した街であった。風景はどこから見ても牧歌的な片田舎であるので、まるで西部劇の舞台が再現されたかのようである。
街の正式名称は“The State of AnotherWorld”。ここの住人たちは略称でステイツと呼んでいる。なお彼らの中でNewWorld、つまり新世界とはアメリカ本土のことを指すので、ここは別世界扱いとなっている。
街並みも土っぽい地面に木造の建物が建ち並び、これまた西部劇さながらである。
気候が砂漠地帯ではないので出入り口の造りはやや趣は異なるが、大きく派手な看板を掲げた店舗の雰囲気はいかにもアメリカ人が好みそうではある。
そこに、これまた西部劇でよくある酒場があった。
中には質素なテーブルが数個、バーカウンターの中にバーテンダーがいて、テーブルにはいかつい男たちが腰掛け談笑しながらカードゲームに興じていた。
そこに店に新たな男が入ってきた。
「よう兄弟、調子はどうだい?」
テーブルに座っていた男がそっちを見た。
「ようジェームス。今日の俺はツイてるぜ」
「ぬかしやがれ、イカサマ野郎」
「へっ、いつもお前ばっかり勝ってるからな、たまには俺にも風が吹いてるのさ」
テーブルの勝負はややワンサイドゲームになっているようだ。負けが込んでいる男が毒づいているのを尻目に、勝っている男は明らかに調子に乗っている。
「よぉし、これで勝負だ!」
「悪いね、俺は降りた」
「おい!……せっかくいい手が入ったってのに」
ジェームスと呼ばれた男はカウンターの方に近寄っていった。
「やぁマイク、エールを一杯くれよ」
バーテンダーのマイクは無口なまま樽の蛇口からジョッキに泡立つ酒を注ぎ、無愛想にジェームスに差し出した。
「ありがとよ」
普段から勝負事で勝ち慣れてない者は、往々にして勝ち続けることにも慣れていないものだ。大きい手が入ったことであからさまに表情が緩んだ彼は、相手が降りてしまったことに不機嫌になっていた。
「ヘイヘイ、どうしたジョン。せっかくお前が勝ちを拾ってるんだ、負け癖直してけよ」
「黙れよ、俺は今調子がいいんだ」
ムキになって新たなカードに目を落とす。どうやら彼のツキもこの辺までらしい。
「ああそうだ。お前ら、噂は聞いたか?」
カードに興じている二人と離れてカウンターのスツールに腰掛けているジェームスはそう話し掛けた。
「噂だって?知らねえな」
「うさんくさい聖王国がとうとう滅亡でもしたか?」
「そりゃあいいや、そういやこんな話を知ってるか?」
「なんだよ、話してみなよ」
「俺の友だちが聖王国から逃げてきたんだ」
「ほう?」
「でな、あそこは最悪だったって繰り返し言うわけさ」
「あまりいい噂は聞かないもんなあ」
「で、何が一番ひどかったのか訊いたのさ」
「へえ」
「金貨で賄賂をよこせって。ないなら別のものをよこせって」
「今時金貨なんて見当たらないもんな。別のものってなんだ?」
「お前のケツの穴を差し出せってよ」
「HAHAHAHAHAHAHAHA!そりゃあケツまくるよなぁ!」
ジェームスは下品なジョークに顔をゆがめた。
「そうじゃねえよ。別の場所さ」
そう返されてジョンは別の話を始めた。
「ああ?じゃあ、あの生意気なトーキョーか?」
「そうそう、俺の知り合いがトーキョーに行ってきたんだがな」
「あそこかぁ。なかなかいい場所らしいじゃないか」
「そうなんだよ。魔力さえあれば天国だってさ」
「その魔力がおいそれと使えねえんだけどなあ」
「でっかいビルも建ち並んでて、まるで摩天楼さ」
「ステイツに足りないもの筆頭だな」
「あまりに悔しいから、入り口の看板をニューヨークに書き換えてきたってよ」
「HAHAHAHAHAHAHAHA!そいつはいいや!先約済みって横に書いておこうぜ!」
ジェームズは大げさなジェスチャーで頭を抱えた。
「おい、ジョン、そしてスティーブ。お前らの下らねえジョークを聞きたいわけじゃねえんだよ」
それを聞いて二人はこれまたオーバーアクションで首を振り肩をすくめた。
「おおぅ、やれやれ、ジェームズはお気に召さないってよ」
「あいつはジョークにうるさいんだな。しょうがない、とっときのをお見舞いするか」
「そうじゃねえってんだ、本当に聞いてんだけどよ」
ジョンはカウンターの方へ振り返り、ジェームズの顔を真顔になって見つめた。
「だいたいは言いたいことは分かるぜ。コミーどもの街が無くなった話だろ?」
ジェームズはようやく聞きたいネタにたどり着いたのか、ジョンを折り曲げた人差し指で指さした。
「それさ。俺が耳にした内容があまりに荒唐無稽だったものでなぁ。別ルートから何か聞いてないかって確認したかったのさ」
「なぁスティーブ、お前は何かつかんでるか?」
「はっ!本当か嘘か分からない噂なら知ってる。ジョークにしては気味が悪いけどよ」
「天変地異で街が吹っ飛んだってんだろ?連中はVFXの仕掛けでも仕込んでやがったのか?」
「おいおいおいおい、自分たちが住んでいる街を自分で爆破する奴がいるかよ。魔法を使ったとしても大掛かりすぎるぜ」
ジェームスはそこで大声を張り上げた。
「それさ!魔法!元の世界にはなかったファンタジーだ!現実離れしすぎてる!ここにはドラゴンもいやしねえし名前を言ったら存在を抹消される悪の魔法使いもいなかったはずだが、それにしちゃあ魔法と魔力だけがあるってのは、どういうわけなんだ?くそったれ!」
ジョンはあわてて立ち上がりカウンターのジェームズに近寄る。
「へいへい、落ち着こうぜ兄弟。気を静めてリラックスだ。深呼吸しろよ?」
「ああ、俺は落ち着いてるよ。俺たちがファンタジー世界に迷い込んであたふたしてるプレイヤーキャラかもしれないって事実を理解してるわりにはな」
スティーブは斜に構えた態度で答えた。
「俺たちはそもそもどうしてここにいるんだ?確か俺もお前たちも一度命を落とした後にここに来てるんだよな?だとすりゃこれは共同幻覚って可能性さえある、違うかい?」
ジェームズはやや冷静さを取り戻したようだ。
「まあな。ナードどもは生まれ変わりだの異世界だのと言ってるみたいだが、そういうのはよく分からねえ。確かなのは俺たちはアメリカで生きてた人間で、こっちにきてもステイツをこしらえて俺たちの新世界を維持してるってだけさ」
取り乱したジェームズが落ち着いたのを確認して、ジョンは自分の席に戻った。
「じゃあ俺たちはここから新たな州を増やして最終的には全部合わせて偉大な合衆国を復活すればいいってわけだな、クールだぜ」
「それじゃあいよいよあの摩天楼を俺たちのものにして堂々とニューヨークにしちまおう」
「いいねぇ!まずは栄光の十三州を集めないとな!夢のある話になってきたじゃねえか!」
「あー、ここ最近名前を良く聞くカトゥーラ?だっけか?あそこはどうする?」
「それ、カツウラだな。お高くとまった高級食材を生産してるナチュラリストの巣窟だ」
「良くは知らねえが、たいしたものもないどうってことない場所だろ」
「そうなのか?だがメシはうまいらしいじゃないか」
「良い品物を高く売るとかってんで、全体的に物価が高いらしい、貧乏人には無縁の街だ」
「いやいや、あそこはダメだな」
「そうなのか?」
「俺は一度行ったことがあるんだがな、Tボーンステーキはないし、コーラもないし、バーベキューグリルも見当たらねえ」
「HAHAHAHAHAHA!そりゃだめだなぁ!」
仲間内の結束を高めるには他人をいじってけなすのが手っ取り早い。彼らも散々よその街を腐して楽しんでいた。
「結局、俺たちの街が一番ってわけだ。祝杯を挙げようぜ、マイク!おかわり三人分だ!」
相変わらず話には乗ってこず無愛想なバーテンダーが黙って新たなジョッキに酒をついでカウンターに乗せた。
ジョンがそれを受け取り、二人がいたテーブルに持っていく。
「へい兄弟、それじゃ俺たちの街に!」
「乾杯!」
陽気に三人はジョッキをぶつけた。
酒を飲みつつ、ジェームズは唐突にこう言い出した。
「なぁ、ここは良い街だがまだなんか足りないものがあると思うんだ。このステイツに足りないものをあげていこうぜ」
そう切り出されてジョンは返した。
「そうだなあ、まず繁華街がない。こんな田舎じゃあ面白くない。もっと賑やかであるべきだ」
スティーブは何か考えているようだ。
「それはそうなんだが、まだ足りないものがあるだろう?なぁスティーブ?」
話を振られてスティーブは一息置いて話し出す。
「そうだなぁ、自由の女神かな?俺たちの自由な国にあれがないと落ち着かん」
ジョンはまだ納得していないようだ。
「それも足りないな。だが他にもまだあるだろ?」
「フィフスアベニューか?それともブルックリン橋か?」
「観光名所としてはいいけどな、何か違うよな」
「じゃあ足りないものはなんだよ?」
「ブロンクスのごろつきはどうだい?」
それを聞いてスティーブとジェームズは同時に言った。
「さすがにそれはいらねえ」
そこに酒場の扉が開いて新たな男が入ってきた。
「やっぱりここにいたか。悪いニュースがあるんだ」
「やぁ、ボス。ニュースってなんです?」
「以前、俺たちの農場で騒動を起こして追い出された連中がいただろう」
「いましたね。あいつらがいなくなって清々しましたよ。それが?」
農場の主人、ポールは三人に向かって言った。
「そいつらが近所で他の連中とつるんで悪さをしてるらしいんだ。既に物流ドローンが襲われる被害が出ているらしい」
……
ところは変わってとある山地。そこに粗末な小屋、そして怪しい風体の男たちがたむろしていた。
彼らは簡素な刃物などを携えて武装している。
その中にひときわ体格の大きな男がいた。彼はデイビッド。彼らを率いる頭目だ。
彼らはこの世界にうまく馴染めず、反発して孤独になった前世持ちたちの集団だった。前世持ちなのに魔力があまり出せず、才覚も乏しかったので稼ぎも薄く、毎日の生活が苦しい。その上魔力が多い連中は仕事もせずに遊んで暮らしている。それらを彼らは苦々しい思いで眺めていた。
そんな彼らを集めて統率したのがデイヴだ。彼はこんな世界の仕組みなど守る必要はない、暴力と実力で仕返ししてやれば良いと発破をかけて負け組の彼らを鼓舞して回った。そして人を集めてドローンを襲って物資や魔力を奪って回っていたのだ。
この世界はそれぞれの国家や都市における防衛や脅威への備えが十分ではなく、それ故に彼らのような暴徒であってもつけいる隙はいくらでもあった。……何故か世界全体で警戒感が薄かったのだ。
そんな彼らのねぐらに対し、唐突に終わりが訪れた。
そう。魔女がやってきたのだ。
この世界で悪しき考えを抱き、世界に影を落とす存在は、目立ったら即座に魔女によって滅ぼされるのだ。
彼らはその襲来すら気付くことは無かった。瞬間的に高温で焼き払われたからだ。
苦痛すら感じる間もなく、彼らは灰燼と化した。
彼らが人目に触れないように隠れて構築していたアジトは一瞬で灰になった。周囲の木々も焼き払われ、一帯はあっという間に焼け野原となった。
デイブと寝食を共にしていたごろつきたちも、声を出す間もなく消え去った。彼らが存在してた痕跡もろともに消し去られた。二十数人が魔女によって葬られたのである。
そもそも、魔女がここを駆除したのは誰かから通報を受けたわけでも無く、誰かが魔女からマークされたわけでもなく、単純に空を飛んで定期的にパトロールしていた魔女の分身の目にとまった、それだけであった。たまたま目撃され、それを情報共有した魔女が半分ほど気まぐれで対処をする気になり、カツウラで何も用事が無く暇だったから、彼女は手を下したのである。
魔女には基本的に倫理観が欠如している。過去に遭遇した様々な事件が魔女から人に対する感情を削り落とし、冷酷な対応をさせるに至った。世界全体の維持。善き人々を増やす。悪しき連中を駆除する。それが今の魔女の行動原理となっていた。
死ぬ事を許されない魔女にとっては、それが当たり前なのだった。
魔女にとっては、一つだけ心残りがあった。
「もしかしたら駆除した人間の中にまだ知らない固有魔法を持つ者がいたかもしれない」
もしそうならもったいないことをした。
魔女にとってはそれ以上でもそれ以下でも無かった。




