「プロローグ 紅の光線」(2)
それは、小学校5年生だった時か。
ある夏の日の早朝。
友人一家の車の後部座席に乗せてもらい、長野県方面にバーベキューに向かった途中の高速道路で、それは起こった。
目の前の赤い乗用車が、突然、変なふうに揺れて道を逸れたかと思うと、左側の壁にぶつかり、その衝撃でコチラ側に跳ね返ってきたのである。
それは一瞬のことであったが、やはりスローモーションのようであった。
俺が乗った車は、左側前方をその赤い車にぶつけるように乗り上げると、クルっと反転し、ドリル状にゆっくりと回転しながら路面を滑り始めたのだ。
いや、正確には、多分、外から見たらそんな感じだったんだろう。
中に乗ってる俺からしたら、車外の景色がグラグラ・ぐちゃぐちゃで、何が起こったのかさっぱり分からんかった記憶である。
不幸中の幸いか、俺は頭のどっかを切ったくらいで、命に影響するようなケガはしないで済んだ。
だが、助手席に座って携帯ゲーム機で遊んでいた友人は、その短い生命をあっけなく閉じることとなった。
俺自身、血まみれの状態だったし、そんなにいろいろと観察する時間があったわけでもないけど、転倒の後の車内はやけにシーンとしていて。
でも、車の前の部分が変なふうに変形し、助手席のほうに大きく飛び出していて、そこに友人の姿を見い出すことはできなかったように記憶している。
そして、ガソリンとわずかに生臭い血の匂い。
抵抗しようのない破壊。
それが身近に差し迫る。
その感覚を、俺は知っている。
さて、どーするか。
前のときと違って、今回のは時間的余裕がある。
それに最後までどーってことないまま、この厄災が過ぎ去ってくれるだろう可能性だって十分に期待できる状況だ。
よし、まずは最悪の場合に備えて、せめて俺が今いる場所や参加したツアーの情報あたりを、実家の両親にでも伝えておくか。
万が一の場合に、無用な行方不明者捜索等に金を出させてしまうのも悪いし。
などと思い、海外でも使用可能なスマートフォンのコミュニケーション・ツールを起動する。
だが、圏外。
それもそーか。
こんなだだっ広い大地の真中に電波なんて飛んでないだろーぜ。
紅い光線はやたらと飛び交ってるけどね。
仕方なく、俺は、手元と足元にある荷物を整理し始めることにする。
緊急の際に生き抜くための最低限の物品を素早く持ち運べるようにまとめておこーと思ったのだ。
俺は運がいい。
バイク好きが高じて、ツーリング用の大きくて丈夫、実用的なウェストポーチをしていたため、これにまとめておけば、両手フリーで行動できる。
何が起こるか分からない状況下で、片手を荷物運搬だけに拘束されてしまうのは危険だろうから。
財布とパスポートとスマートフォンとその充電器。
痛み止めやら下痢止めを中心とした薬一式。
それに傷薬。
空港でワケも分からないまま買っておいたミックスナッツの袋。
ペットボトルのミネラルウオーター1本。
丈夫そーなタオル1本。
厚手の軍手1組。滑り止め付き。
これらを強引にウェストポーチに詰め込む作業をしている脇で、隣の白人のデブなオッサンは高級そーなヘッドフォンでガンガンにロックか何かをかけながら、鼻息ふかして爆睡している。
車内を軽く見渡しても、寝てるとかその他の理由で、周囲の異常な事態に気付いていなそーな乗客が4割ほど。
背負うべきリュックサックが無いのは運が悪いよーにも思われたが、重い荷物を抱えることが必ずしも良い結果をもたらすとは限らんだろう。
無人島に置いていかれるとゆーわけでもないし、あの光線の爆風を受けた場合の状況を考えて、身軽さ重視で行こうと決める。
それから、サンダルを頑丈な安全ブーツに履き替え、靴紐をしっかりと結び上げる。
つま先に硬い鉄板が入ってるヤツだ。
厚手の帽子をしっかりと被り、ちょっと暑いが、持っている服の中で一番丈夫そーな長袖の上着を着る。
幸い、下は分厚い生地のジーパンを履いていたので良かったな。
最後は、誰も締めてないシートベルトをしっかりと締める。
なんかいい加減な感じの作りだが、それでも何もないよりはマシだろうから。
と、一通りの準備を最速で整える。
確率の大小はともあれ、何しろ、いつなん時、どうにもならない破壊力に晒されることになるか分からない以上、準備ばかりに集中して周囲の状況の把握がおろそかになっちまうのは、本末転倒だろーよ。
最低限の準備が整った頃には、バスの外の空は、まるで、紅く輝く巨大な目の荒い網で覆われたような景色となっていた。
地平線の下の漆黒の中、あちらこちらでフラッシュのような光がパチパチと輝いている。
大きくて、視界が大きくフラッシュしたかのように思われるもの。
小さくて、爆竹の一瞬の爆発を見かけたかのようなもの。
それらは余りにも自然に、あっけないほどに光るので。
そこで起こっているであろう理不尽な破壊を、どーしてもリアルに思い浮かべることができない。
現実味のない抽象的な恐怖を、ただ、遠巻きに眺めているほかない。
この時点で、ほとんどの乗客がバスの外の異常な光景に気付いているようだが、境界線のこちらにも「それ」が飛来する可能性を感じている者は、それほど多くないように思えた。
車内は未だパニックみたいな状況にはなってないからだ。
それに、幸い、先ほどのもの以降、俺の乗ってるバスの頭上を越える光線はまだない。
やはり、先ほどのものは、何かが間違って、たまたま境界線のこちら側に向かって来てしまったに過ぎないんだ。
そんなふうに考えながら、俺は、視界の右のほうから上空に立ち上った紅い光線の1つを見つめた。
なぜなら、その光線は夜空の中腹でピタっと止まったからだ。
それは、しばらくの間、そのままだった。
いや、そのままではないな。
分かるよ。
こっちのほうに向かってきてるんだろう?
バスの頭上を越えるのか、それとも遙か手前に着弾するのか。
それはよく分からない。
だが、夜空の中腹で止まったように見えるその紅い光線の先端は、わずかながらだが、しかし確実に、その光を強めている。




