七
すぐに追いかけたのが功を奏し、駅のコンコースでふたりに追いつくことができた。姉小路と南風さんは中央線、高尾行の快速に乗り込んだ。
俺は姿が見つからないよう、隣の車両からふたりの様子をうかがっていた。姉小路の野郎は身ぶり手ぶりを交えながら、南風さんに話しかけていた。
あいにくと会話内容は聞き取れなかったが、南風さんは終始ほがらかに微笑していた。これは余談だが、希代の美男美女の取り合わせゆえ、ほかの乗客の注目の的になっていたこともつけ加えておこう。
やがて、ふたりは揃って下車した。
「あれ……?」
当然、俺は尾行を続行したが、たしか南風さんは八王子市在住のはず。なぜに我が家の最寄り駅でおりたのだろう。いまのところ事情は不明だが、このまま捨て置くわけにはいかない。
俺はアルベルトに嫉妬する若きウェルテルの気分で、ふたりのあとを追って……いたのだが。
「なんでお前がついてくるんだよ!?」
「いやーっ、これぞジェラシーストームって感じ? あんたって、なかなかおもしろいね」
電柱の陰に隠れながら、美樹原がいたずらっぽく笑う。
「お前には関係ないだろ? さっさと帰れよ、もう」
「そういうわけにはいかないんだな、これが。あの子に用があるのは、あんただけじゃないってこと。お・わ・か・り?」
「あの子って、南風さんのことか?」
「アタシがあのいけすかないチャラ男を『あの子』なんて呼ぶと思う? それはそれとして、あんた、マジであのお嬢様にホの字なわけ?」
「うっ……」
口ごもると、俺は我が胸に問うてみた。
単純に惚れた腫れたで割りきれれば、悩むこともないのだが。俺の彼女に対する感情は、東京駅地下もかくやと思えるほど、複雑に入り組んでいる。
俺が好きだったのは、星宮純のはず。いくら姿形が似通っていても、別人であることに変わりはない。それだけに、はっきりと言明はできない。
「ま、男ってああいう子好きだよね。おしとやかで、間違っても人前で鼻ほじったりしなさそうなタイプ」
「は、鼻ほじったりって……お前……」
「なに? なんか文句あるわけ? けどさあ、たいした行動力だよね。あんたといいチャラ男といい、出会ったその日にアプローチしちゃうなんてさ」
「そ、そりゃ違うぜ!」
つい、声を荒げてしまった。
「なによお。いきなりおっきな声、出しちゃって」
「俺はあの子と顔見知りなんだ。といっても、会ったのはたった一度だけど。それと勘違いするなよ? 俺はそんな……ふしだらな男じゃない」
「はあっ!?」
「そりゃ顔とか、雰囲気とか大事だけどさ。こ、恋ってそういうもんか? 一目惚れとか、ありえないだろ。お互いのこと、よく知らないまま好きになるなんてさ……」
半瞬、間が空いてから。
「きゃーはっはっはっはっはっはっはっ! ちょっとそれ、マジで言ってんの? ……ウププッ……あーっ、おかし。もおっ、どうしてくれんのよ? 腹がよじれて苦しいじゃない……」
「な、なにがおかしい? それにあんま大声出すな。見つかったらどうすんだよ?」
「はいはい、ごめんなさーい。ククッ……にしても、あんたって最高だわ。生きたまま、スミソニアン博物館に展示しておきたいくらい。実は明治大正生まれなんじゃない? 真顔でキリッと、『一目惚れとか、ありえないだろ』とかさあ……ヒーッヒッヒッヒッ……」
怒りならぬ笑いの虫がおさまらないのか、美樹原は自分の身体を抱きすくめるような格好で、プルプルと身を震わせていた。
初対面の印象どおり、やはり未来永劫、こいつのことは好きになれそうにない。男の純情を舐めくさりやがって。
「それより、お前こそあの子とどういう関係なんだ?」
「ああ、別にたいしたことじゃないよ。他人の空似の可能性もあるしね」
「どういうことだ?」
「ここから先は有料だから。なーんちゃって……あっ、ほらほら。ちゃんと追いかけないと」
煙に巻かれ、よけいに気になってしまう。
さてはこいつ、南風さんをシメるつもりなのか?
教室でおっかなくにらみつけていたし、これまでの言動から、彼女を快く思ってないことは明々白々だ。出る杭は打たれるじゃないが、異彩を放つ存在は敵を招きやすい。
それはかつて所属していたヤンキーの世界で、いやというほど味わわされた。見える、見えるぞ俺には。美樹原が南風さんの胸ぐらをつかんで、『このズベ公が。入学早々、男くわえ込んでんじゃねーぞ』と脅しつける様が……。
「住宅街に入っちゃったけど……どこ行くつもりなの? あのふたり」
なだらかな坂道を下っていき、横断歩道を渡ると、姉小路&南風さんのコンビは所狭しと軒を連ねる住宅街に進入していく。
ジグザグと複雑に折れ曲がり、車一台通るのがやっとな隘路を進んでいくと、やがて見慣れた細路地に差しかかる。
「なんで……?」
実はさっきから気づいていたが、彼らがたどってきた経路は、俺の帰宅ルートそのままなのだった。目を白黒させている暇もなく、ふたりは喫茶『緑雨』の店舗に入っていく。
疑問が流星群のように降ってきたところで、美樹原が強引に俺の袖をひっぱる。
「ほらっ! アタシたちも行かないと!」




