一五
シャトルランをこなしたのち、ダンベル・ラテラル、ダンベル・プレス、ベンチ・プレス、スクワット、デッドリフト……きりがないので、このあたりにしておこう。
「フウッ、フウッ、フウッ……」
自宅最寄り駅のそばにあるフィットネスジムのトレーニングルームで、俺は久しぶりにフルでメニューをこなした。
つい先日まで受験勉強漬けで、しかもダイエットのために肉体改造を行ったため、身体のなまり具合は予想以上だった。身体中に乳酸が溜まっている。
これでも毎日、腕立て腹筋ともに三〇〇回、それに一〇キロのランニングをこなしていたのだが。最大筋力、そして筋持久力も大幅に低下している。小市民化を遂げるため、意図的に筋肉量を落としてきたものの、ここまで肉体が劣化しているとは……。
「ちょっと休憩を入れよう……」
パウダールームに入ると、俺は鏡の前に立って、汗みずくの全身を眺めた。引き締まった身体つきとは対照的に、ふぬけた顔つきをしている。
『気分が乗らないときは、とりあえず身体を動かせ』、とは昔親父に言われた言葉だが、どうやらいまの俺にはあまり効果がなかったようだ。
「こんな脳筋だから、女の子を泣かせちゃうんだ……」
自動水洗に両手を差し出し、冷水でバシャバシャと顔を洗う。全身ヘトヘトになるまで肉体を酷使しても、心のモヤモヤは晴れなかった。
南風さんが逃亡したあと、俺はさんざん問い詰められた。金髪坊主から高校球児に生まれ変わったあの男――山田渚と名乗った――にだ。
お前は姉さんになにしやがった、そもそもなんでお前が『第六天魔王』なんだ、つか姉さんのガッコって馬鹿は入れないはずだぞ、どんな卑怯な手段を使って入り込みやがった、この悪魔、卑怯者、オタンコナス……等々。
なるべく誤解を招かないよう、俺は疑問のひとつひとつにていねいに答えていったが、山田君はあまり納得してくれなかったようだ。
彼の身の上話によると、南風さんとの約束で高校から真面目に野球に打ち込むことにしたらしい。
驚いたことに、グレる前はリトルリーグの有名チームに所属し、かなり将来を嘱望された投手だったとのこと。その後、いろいろあって野球から離れていたが、南風さんにこんこんと説かれたことで、グラウンドに戻る決心をしたらしい。
なかなか泣ける挿話だった。
そして、肝心の南風さんについてだが、やはり彼女は『地獄の夜叉姫』と同一人物だった。中学時代は地元でも有名な不良女だったらしく、喧嘩の強さは天下一品だった。
その評判を聞きつけ、当時『毒夜叉』のリーダーだった山田君は決闘を申し込む。女相手に本気を出すまでもないと、高をくくってしまったのが運のつき。
完膚なきまでに敗北すると、彼は南風さんの『漢気』に惚れ、自分の代わりにチームを率いてくれと三顧の礼で迎えようとした。
当初、南風さんはその申し出を断り続けていたが、あまりにしつこくまといつかれるので、根負けした形で頭目に就任することになった。それから彼女の不敗神話が始まり……最後の最後で俺に敗北を喫することになったのである。
ではどうして、彼女は高校から別人になろうとしたのか?
「『いつまでも馬鹿やってられねえ』って言ってたけど……」
山田君はそう言っていたが、到底納得のいく答えではないだろう。
「どうすればいいんだ、俺は……」
南風姫香は星宮純の娘で、元『地獄の夜叉姫』で、純然たるお嬢様で、そして……俺が恋している女の子である。
でも、俺は深窓の令嬢めいた彼女に惚れたのであり、正体を知ってなお好きでい続けるのはどこかおかしくないだろうか?
しかも、彼女は俺の初恋の人の実の娘なのだ。どこかで生き写し、もっと言えば複製的存在と見なしてはないか?
端的に言って、これは純愛と呼べるのか?
ひとつだけたしかなのは、素性を知っても、俺にとって南風さんは胸を騒がせる女の子であり、目の離せない存在であるということだ。




