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一三

 曲がりくねり、急勾配な坂道――通称ヘビ坂――を半ばまでおりたところで、南風さんは急に立ち止まった。


 それまでろくに会話は続かず、どんな話題を出すべきなのかと、お互いが手探り状態だった。


 それでも南風さんはほがらかな笑みを絶やさず、俺がなにか言うとていねいにあいづちを打ってくれた。


「どうしたんですか……?」


 傘を手に持ちながら、俺は首だけ南風さんのほうへ傾けた。袖すら触れてはならないと、絶妙の距離感を保ってきたので、俺はずっと半身を反った体勢を維持していた。


「つかぬことをおうかがいしますが……」


「はい……」


 返事をしたあと、俺はうっとうめき声を漏らした。


 南風さんは俺の正面に向き直り、鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけてくる。虹彩が伸び縮みし、小刻みに瞳孔の大きさが変化している。その眼力はものすごく、一度見つめられると呼吸すら止まりそうになってしまう。


「鬼堂様は……わたくしを普通の女性だとお思いになりますか?」


 艶(つや)やかな唇が開くと、甘やかな呼気が漂った。


「普通……?」


 こちらの反問にかぶせるように、次の質問が発せられる。


「いつ、どこで、なにがあっても続くであろう、永遠の恋の存在を信じられますか?」


 続けざまに発せられた質問に、俺は即答できなかった。なにを言おうとも、誠意のある答えにならないような気がしたから。


 どんなフィルターを通しても、俺にとって南風さんは『普通の女性』ではない。その理由は多岐に渡るが、彼女が星宮純の娘であるという事実。一度その情報を知ってしまったからには、見る目をもとに戻すことはできない。


 そしてふたつめの質問――永遠の恋――は形而上(けいじじょう)(神様の領域)に関するものなので、どんな答えを導き出そうと思い込みにしかならない。


 思い込みは思い込みでいいのかもしれないが、人生経験が不足している若輩の身では、彼女を満足させるような含蓄のある言葉は出てきそうにない。

 だから、こう答えるしかなかった。


「わかりません……」


「さようでございますか……実のところ、わたくしにもわかりません」


 照れ笑いしながら、南風さんはクスッと笑声を漏らした。そして一度うなずいてから、ゆっくりとした足取りで歩を進めていった。


 雨音の調べを聞きながら、俺は考えた。

 俺の『普通』と南風さんの『普通』はどこまでが同じで、どこからが違うのだろう?


 坂道が終わったところから、遊歩道(プロムナード)が駅前へ向かって一直線に伸びていた。俺と南風さんはあいかわらず言葉すくなで、会話が途切れると、等間隔に植えられた常緑樹に視線を逸らした。


 気まずくはあったが、決して不快ではない時間が流れている。

 道行く人々は色とりどりの傘を差し、黒、青、赤、灰色、と多彩な色模様を形成していた。


 俺は南風さんに比べて歩幅が大きいので、追い越し追い抜かれないよう注意を払いながら、歩行のリズムを一定に保つ努力をしていた。普段の俺はやたらと歩くペースが速く、たいていの歩行者は抜き去ってしまう。


 ぼっちの悲しい習性なのか、半ば本能的に人目をさけようとしてしまうのだ。

 なので、こんなにゆったりと歩くのは久しぶりのことだった。


「これから……いかがいたしましょう?」


 五〇〇メートルほど歩いたところで、ロータリーに差しかかり、駅舎とその横に立ち並ぶ駅ビル、マック、スタバ、パチンコ屋、そして種々(しゅじゅ)様々な個人商店の店舗が視界に入る。


「そうですねえ……どこがいいんだろ。うーん……」


「わたくしはどこでも構いませんけれど……」


「いえ、そういうわけには……すみません。こういうことに慣れてなくて。正直に言いますと、俺、妹以外の女性とまともにしゃべったことがないんです。だからその、さっきから退屈じゃありませんでした?」


「めっそうもございません! わたくしのほうこそ、沈黙しがちでもうしわけございません。鬼堂様と同じく、男性と話した経験がほとんどございませんので……」


「じゃあ、俺たちって似た者同士なのかな?」


 俺の自虐めいた笑みにつられて、南風さんは愉快そうに顔をほころばせた。なんというか、いままででいちばん心が通じ合った感じがした。


 これはもしかして、脈アリなのだろうか?

 いやいや、そんなはずはない。


 悪いこと続きの人生だったから、いつも最悪の想定から入るのが俺の長所でもあり、短所でもあった。


「似ているかもしれませんね。いいえ、似すぎているくらい。もしこのような出会い方をしなければ、わたくしたち、たいそう仲睦まじくなれたのではと……」


「……それってどういう意味ですか?」


「……いまは、申し上げることができません」


 さびしげに閉じられた瞳は、それ以上の追求を暗黙に拒み、俺は口をつぐむしかなかった。気にならないと言ったら嘘になるが、ずかずかと人の心に踏み入るような真似は慎むべきで。


 俺には俺の、南風さんには南風さんの事情がある。だれにも知られたくない秘密のひとつやふたつ、人は必ず持っているものだし、なにもかもを共有する必要はない。仮にそれが理想だとしても、人と人がわかり合うには時間がかかるのだ。


 あせっちゃいけない。

 人生は緩急の連続なのだ。いつも特急で突っ走るわけにもいかず、はたまたずっと鈍行で進むわけにもいかない。ましていまの俺は進む方角すらわからず、右往左往している状態なのだから。


 でも、それは産みの苦しみでもあって。『強面(こわもて)のぼっち』でも、『第六天魔王』でもない、新しい自分を作り上げようとしているのだから。願わくば、そのニュースタイルの自分が南風さんにふさわしくありますように……。


「とりあえず、駅前をぶらつきましょうか。どこかよさげな店……喫茶店とか見つかったら、一休みしましょう」


 俺の提案に南風さんは首肯する。精一杯、どこか無理して微笑んでいるように見えるのは、気のせいだろうか?


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