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13/19

一二

 まさしく、事態は急展開を迎えていた。

 姉小路は口先だけのコウモリ男ではなかったらしく、中休みに南風さんに話しかけ、本当にデートの約束を取りつけてしまった。


 まさかこんなにあっさりOKされるとは思わなかったので、俺は午後の最後の授業中、ずっと上の空で、綾垣担任からチョークを投げつけられるハメになった。なんでも高校時代はソフトボール部に所属していたらしく、狙った獲物は逃さない、一〇〇発一〇〇中なのだそうだ。


 いや、そんな瑣末な挿話(エピソード)はどうでもいい。

 考えることがたくさんありすぎて、脳細胞が溶けて蒸発してしまいそうだった。


 まず第一に、なぜ南風さんは俺とのデートを受諾してくれたのか?

 登校中、『感じのいいお方』というおほめの言葉は授かったものの、それだけの理由で他人も同然の男と遊んだりするものなのか?


 昨日の放課後、彼女は姉小路とデート紛いのことをしていたのだ。てっきり俺は、あのふたりが彼氏彼女になるのかと思っていた。


 そこで昼休みに姉小路を呼び出し、『どうか彼女のことを泣かさないでくれ!』と青春ドラマよろしくの台詞を叫ぶつもりだったのだ。


 ヘタレとのそしりを受けようとも、客観的に見て俺と南風さんでは釣り合いが取れないし、悔しいが男として姉小路に優る部分が見当たらない。喧嘩の強さを除いて、俺はおしなべて六〇~六五点くらいの男だと自負しているから。


「ああ見えて……尻軽……とか?」


 校門の円柱に背をあずけながら、俺は口に出してはならない疑問をつぶやいた。


「ハッ……!?」


 だれかに聞かれたかもしれないと、俺は天敵コブラの接近を予感したマングースのごとく、四方に身をひるがえしながら首をぐるぐると振りまわした。


 傍目から見たら、あやしげなダンスを踊っているように見えたかもしれない。


 だが声量を絞っていたことが幸いして、失言はだれの耳にも入らなかったようだ。放課後に入ったばかりの時間帯なので、帰宅部の連中が三三五五(さんさんごご)校門をくぐっていく。


「俺って最低だな……」


 もし人目がなかったら、この場で自分の頬を殴り飛ばし、前歯の二、三本折ってやりたいくらいだった。惚れた女の子の|性情を決めつけるなんて、男どころか人類の風上にも置けない。


「ギッ……あっ!?」


 ギリッと奥歯が砕けそうなほどきつく歯噛みした直後、校舎の方角に見覚えのあるシルエットが現れた。


 スプリングコートを身にまとい、両手で通学かばんを捧げ持つ南風さんの姿は、気品という概念がそのまま実体化したように見える。


「お待たせいたしました! 掃除当番が長引いて……まことにもうしわけありません」


「とんでもない! 誘ったのは俺のほうですし。あ、あのこのたびはまことに……あぐっ!」


 緊張で舌がまわらなくなり、硬直した舌先にグサッと前歯が突き刺さってしまった。


「だ、だいじょうぶですか!?」


「は、はいっ……そそっかしくてすみません。どうも昔から、緊張しいで……」


 さっそく、三枚目そのものの行動を取ってしまった自分が嘆かわしく、俺は心のなかで地団太を踏みまくった。


 こういうときこそ自然に、ありのままに振る舞うべきなのだろうが、そもそもナチュラルな俺なんて一円どころか、一銭一厘の価値もないわけで。


「あ……雨?」


 南風さんのか弱げな唇がつぶやきを漏らした、一瞬後。


 ポツポツと天から雨粒が落ち始め、傘を取りに行く間もあらばこそ、加速度的に雨脚が強まっていった。午前中は雲ひとつない晴天だったのに、雨雲が付近一帯を覆っていた。


「ヤバイ……傘、持ってきてない」


 南風さんを雨に濡らしてはならない、と校舎のほうにきびすを返しかけたところで、真横からパンッと乾いた音が響き渡った。


「もしよろしければ……あいにく、一本しかございませんけれど」


 左肩を雨にさらしながら、南風さんは小ぶりな折り畳み傘を俺に差しかけていた。両目を伏せ、目線を合わせまいとしている。よく見ると、傘の柄を持つ右手は震えを帯びていた。


「す、すみません……」


 俺は上体をかがめ、身体が接触しないよう、集中力を研ぎ澄ませながら傘のなかに入ろうとする。


 それから歩調を合わせて帰路をたどり始めたが、間もなく身長差を思い知らされ、俺が傘を持つのが合理的という結論に至った。


 俺も緊張していたが、南風さんも緊張していた。

 すぐ真横、触れそうな距離にあの星宮純のひとり娘がいるのだ。彼女は彼女、血はつながっているが別人なのだ、といくら心に言い聞かせても、意識せずにはいられない。

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