ボックス イン ワン
金属がきしむ音と風が混じる、そんな瞬間に電車がホームにやってくる。最後尾の車両は座席に座ろうとする大人たちがこぞって集まる。僕もそんなうちの一人だ。ロボットの起動音みたいな音で扉が開く。扉の両脇に二列に分かれて降りる人を優先的に出す。そうして最後の一人が降りるか降りないか微妙なところで列をなしていた人々が乗車する。折り遅れた人が押し分けながら困った顔で出てくるのを僕は待つ。「すみません」優先のはずの人が謝る。僕の視線は最後まで謝罪の人に向けられていた。その背中を見届けて僕は涼しい車内に入り込む。
電車は混んでなかった。僕がどうやら最後に乗り込んだようだ、先に乗り込んでいた人々は快適な姿勢になるために座り直したり、荷物を棚にあげている。僕は近くのボックス席に目を向けた。左は太めなサラリーマン、70代の男性が向かい側の席に足を乗せている。右は50代後半の女性二人が隣に並んでおしゃべりをしている。僕は右を選んで座った。僕はボックス席でのおしゃべりする人が苦手だった。が、めんどくさそうで頑固そうな70代男性の脚をどかせる勇気がなかった。僕は前日、飲み会で相当のみ、座って寝たかった。それでなくとも普段2時間以上の通勤電車での睡眠は貴重だった。そこで大声で会話する人が嫌いだった。周りの人々のことも考えてほしかった。話はしていいが、音量を考えてほしかった。電車が動き出した。さっそく僕は寝ようとしたがおばさん二人の話声が大きすぎて眠れない。イヤホンも装備したが音楽に加えて話し声が聞こえてきた。ああ、どうやら今日は眠れないようだ。僕はあきらめて窓の外を眺めていた。
突然、曲がフェードアウトした。むしろこれは予期していたことだった。飲み会の後、携帯の充電をせずに寝てしまったからだ。起きた時にはのこり60パー。加えて三年間の使用により、バッテリーの劣化。会社に着くまでに携帯の生存率はゼロだった。深くため息をつき、窓から視線をそらす。頭をうなだれて、足元に視線を落とす。おばちゃん二人はまだ大声で話していた。
するとおばちゃんたちの話が聞こえてきた。
「たかしは頑張っているわね。だって上司のために良い宴会場とったりして」
僕は思わず視線をあげた。たかし、僕の名前だ。
「そうね。たかちゃんは子供のために働いているのだもの」
目をこする。そこにいたのは死んだはずの母と祖母だった。突然の出来事に僕は唖然とする。二人は僕をみてうなずく。
「頑張ってるのはわかるけどあんまりカッカしちゃだめよ。優しいたかしが私たちは大好きなんだから。あの時も私達を最後まで見捨てなかったのはたかしだけだもの。あの時のことはもう悔やまなくいいのよ」
涙があふれた。二人は放火による火事で命を落とした。僕は家から二人を助けようとしたが助けられなかった。そのことをずっと引きずっていた。
「あなた大丈夫」
そういわれて目が覚めた。僕は泣いていた。電車は終点についていて、車内清掃のおばちゃんが僕を揺り起した。ボックス席には僕一人しかいなかった。




