道化師の眉ひとつ
課題で描いた作品。テーマは私の好きな表現者。
都内の雑踏。歩道で足を止める人だかりを時々目にする。一緒に歩みを止めて、人だかりの中心を見るとそこには大道芸人が。一年前までの僕はそこでまた歩きはじめる。大道芸人を見つめる人々を背に再び雑踏の一部と化す。彼ら一般人がなぜ、大道芸人に惹きつけられるか、などとは一切考えもせずにだ。
大道芸人、道化師ときいてイメージされるのがお手玉をしたピエロが驚くべき妙技を披露したり、文字通りに道化てみたりする様子だろう。ただ、ピエロだけでなく、普通の、化粧も何もしていない人が妙技を披露している場合の方が多い。そういった場合でもかなりの人が足を止める。その妙技に魅せられる人、驚く人が大多数であろう。つまり、その妙技を目的にしているのだ。
大学に入り、サークルで私は大道芸人として訓練された。訓練、という言葉が本当にしっくりくる。想像してください。あなたが百人以上の、名前も顔も知らない人々の前で何かを披露する時を。あなたはどんな気持ちでどんな表情でどんなことができるでしょうか。そう考えると大道芸人、道化師が人々の前でどんな表情をしているかにあなたの注目は集中するはずだ。彼らは例えば技を失敗してもそれを演技として、ワザとやったものとしてみせるぐらい笑っている。もちろん大きな技を成功させたときのドヤ顔は素晴らしいの一言。彼らの顔での演技、表現は細かい。私が実際演技する時に注意するのが口角、目元、目の開き、歯、さらには眉の上げ方などである。あなたは大人数を相手にそこまで表情に気を配れるだろうか。演技する本人からの意見では訓練次第でどうにかなる。むしろ、自分の目の開け方、口の開き方、ついでは眉一つの傾け方でお客さんにどういった印象を与えるのか。自分の眉一つで印象を変えられる大道芸人はやりがいのある表現者であると思う。




