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「それにしても、このチョコレートも材料とした果実も、かなり上等な物だと思います。手間もかかっていますし。あのランチのお礼にしては頂きすぎなのではありませんか」
ゆっくりと新しい出会いとなる味を堪能して、その知識と経験から自分の料理へと活かそうと分析していたらしいヒルダだったが、その余韻を味わっていたところで、ふと閃いたらしい。
「そうか? たった3つしか入ってなかったが」
バーナードからしてみれば、ほんの味見程度の些細なおすそ分けとしか思えなかった。素直にそう疑問を口にすると、調べておいてくれたらしいジョイスが横から補足した。
「……多分ですが、平均的な事務官の給与の半分近く、まぁヘイリー女史の給与は平均より多いはずですが、それでも一か月分の三分の一はしたと思われます」
菓子に使われている材料が高価なことや手間暇技術料のことは分かっても、文官の所得額についてはまるで分かっていなかったヒルダは驚愕して空になった箱を見た。
「お給料の三分の一もするんですの?!」
「それだけヒルダのランチに感動したということだろうが、さすがに貰いすぎか」
ヒルダが目を丸くして驚く。開いたままになった口もまんまるだ。
その様子を微笑ましく愛でながら、バーナードが頷きながら独自の解釈を口にする。
「……そうですね」
ジョイスとしては、そもそもヘイリーの算段としてバーナード自慢のシェフたるヒルダ夫人への礼だとは受け止めていなかったので、大いに異議はある。だがそれをここで指摘するほど意地が悪くもなかった。
「では、ヒルダ。申し訳ないが、アレを作ってくれないだろうか」
バーナードが自慢げにそれをリクエストすると、ヒルダの顔に笑みが広がる。
「旦那様の好物ですね」
くすくす笑いがついて出る。それくらい夫からの言葉が嬉しかったのだが、即座にバーナードから訂正が入った。
「好物ではない。大好物だ。死ぬ時には最後にヒルダ特製のチョコレートケーキを食べて死にたい。死ぬ間際だけではないな。毎日でもいい。初めて食べた時のあの衝撃と感動は今も忘れない。そうして食べる度に、こんなにおいしいモノは他にないと思うのだ。あぁ毎日食べたい。あれこそ私が世界で一番美味しいと思うものだ」
むぎゅむぎゅとヒルダの頭に頬を擦りつけながら、バーナードが熱弁する。
「ふふ。本当に、旦那様はナッツやフルーツがいっぱい入ったあのチョコレートケーキが大好きですねぇ。でも毎日は駄目ですよ? さすがに太ってしまいますわ」
「勘違いしてくれるなよ。私はヒルダが作ってくれる物なら何でも好きだ。どれもが、私の知る限り、世界で最も美味しい素晴らしい食べ物だと思っている!」
後ろでジョイスが元々細い目を薄く閉じて顔を横に背けている。
聞きたくないというか、散々聞かされすぎてうんざりした気持ちを表に出さないために、素数を数えているようだ。
「嬉しいです。でもそれは置いておいて」
まだ絶賛を続けようとする夫の言葉を遮る。その頬はちょっと赤い。
「部下からの贈り物へのお返しには同等以上のものを返さねば。宰相としても侯爵家としてもよろしくないのではありませんか?」
上から授かったものならいざ知らず、下の家格の者から渡された贈り物にはそれ以上に価値のある物を返してこそ高位貴族の威厳は保たれるものだ。
「同等どころか、私の中では最上級だが?」
「もうっ! ちゃんと王都や異国から取り寄せた珍しい菓子をお返しにするべきだと言っているのです」
一般的には、ヒルダの主張はもっともだ。
だが、一般的ではないのがバーナード・オルソンという男だ。
彼は、妻の作る菓子を愛している。勿論、妻のことも。
「しかし幾ら考えても、私にはヒルダが作ってくれた菓子以上に美味しい物など、思いつかない。ただ高いだけのものに何の価値があるというんだ。そんな価値観しかない者は、黄金でも金剛石でも齧っていればいいのだ。だが金をかけたものでなければとヒルダが考えるのならば、それだけ上等な材料を用意すればいい。だが、やはりその贈り物を作るのは、私の自慢のシェフ、私の唯一、ヒルダ、君ではなくては、駄目なのだ」
蕩けるように熱い瞳で見つめられて、ヒルダは頬を熱くした。
「……分かりました。全力で作らせて頂きますわ」
「あぁヒルダ! できれば私の分も作っておくれ」
喜んで、と笑顔で頷く愛妻を、バーナードは強く強く抱きしめた。
妻の作る料理とお菓子がどれほど大好きかを熱く語ち続ける主と、拳を握りしめて全力を誓うその妻ヒルダを前に、忠実なる侍従は安堵とも諦めとも判別できないため息をついたのだった。




