10.
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「君になら妻のすばらしさが分かって貰えると思っていた。ヘイリー女史、いや、同志ヘイリーよ」
「いえ、ちゃんと聴こえています。繰り返して頂かなくとも大丈夫です、オルソン閣下」
とても行きたいとは思えず、思わず手で制した。スンッとした声が出た。
あんなに招待されることに憧れを抱いていたのに。
けれど、話が違うとしか思えなかった。
女嫌いの宰相閣下は冴えない貧乏子爵家の令嬢と実家への援助を約束する代わりに契約として白い結婚を交わしただけではなかったのか。
前提としての前情報と、この数日自分が夢想してしまった恥ずかしいアレコレと、目の前で妻の料理や菓子への賛辞を続ける冷徹なハズの宰相バーナード・オルソンという否定しようのない現実に、ヘイリーは頭の中を直接撹拌されているようで、平衡感覚が失われたように足元が心許ない。
「あの……」
愛らしい声で話し掛けられて、ヘイリーは混乱でふにゃふにゃになったアタマのまま振り向いた。
まず最初に、目に入ったのは艶やかに編み込まれた栗色の髪だった。
手入れの行き届いた髪が複雑に編み込まれていることで、宝飾品もないのに煌めいて、目を瞬く。
女性としては背の高いヘイリーより、頭一つ低い。これまで何度もヘイリーがこのくらいの身長でいたかったと思う背の高さといい、少し垂れ目気味のやさしそうな面立ちといい、少しも押しつけがましさを感じさせない少し困ったような笑顔といい、ヘイリーの憧れがつまった理想の令嬢がそこに立っていた。
思わず頭のてっぺんから爪先まで、全身に目を走らせる。
やわらかな水色の生地に同じトーンの淡いピンクの小花が散ったデイドレス。薄手の布地を贅沢に使うことでたっぷりとフリルを寄せても重たくならずに軽ろやかでとても愛らしいデザインだ。けれど、甘くなりすぎないように袖口や襟元にはレースを使わず、共布でくるりとパイピングを施してあるだけなのでくどさがない。全体的にはシンプルにも感じる。しかし上質な生地は光沢があり、宝飾品などは一切身に着けていないにもかかわらず地味ではなく、全体的にとても品よく纏まっている。
何がいいたいかといえば、着ているドレスの趣味も最高だ。すごくいい。とてもいい。まさに完璧としかいいようがない。
ヘイリーが描いてきた理想の令嬢が夢から出てきたのかと思うような、とても愛らしい令嬢だった。
きっと田舎から出てきて王宮を見学でもしていて、迷い込んでしまっただけの哀れな存在なのだろう。上質ではあるが王都で流行しているドレスを着ている訳でもない。田舎へ帰る前に王都見学の締めくくりとして王宮に勤める親族を頼ってここまできて、迷ってしまったのだろう。きっとそうだとヘイリーは脳内で作り上げたストーリーに、うんうんと自分で頷いた。
できれば笑顔がみたい。笑ってくれたらもっと理想に近づいた姿が拝めるのに。
そう思って令嬢を見遣る。
果たして、令嬢の瞳は哀れを誘うほど不安そうに揺れていた。その瞳はヘイリーを見上げている。
しかも、令嬢の手は胸元で握りしめられ、小さく震えているではないか。
夢想にふけっている場合ではないとヘイリーの王宮で働く者としてのプライドが復活した。
ちなみにここまでヘイリーが妄想に耽っていたのは約10秒。未だバーナードの妻の料理に対する賛辞は滔々と続けられている。
そもそも退出を求めるべき相手だったと自分を諫めて、咳払いして心を落ち着かせる。
「ンン゙ッ、あーあ゙ー」
咳払いだけでは足りなくて発声練習までしたヘイリーは、出来るだけ優しい声で問いかけた。
落ち着いた声で訊ねる。
「どうしました? ここは一般人は立ち入り禁止区域ですよ。見学ルートからはかなり外れています。案内するので、まずは廊下へ……」
「あの!」
「はい?」
「一応、見学者ではなく関係者、えっとここで働いている者の、家族です。それでその、ケーキはお口に合いましたでしょうか!」
すぐ赤くなる頬も可愛いな、などとヘイリーは思ってしまっていたので、すぐには令嬢の言葉の意味が理解できなかった。
「はい?」
自分でも、間抜けな返事だと思う。
「あの素晴らしいギモーヴの埋め合わせができたのか分からなくて、そのちゃんと確かめたいと、思ってしまって……」
ヘイリーからジッと見下ろされて、令嬢の声が小さく萎んでいく。
真っ赤な顔で震えながら懸命に問われている内容が頭の中で意味を成す前に、目の前の、厳格なる宰相オルソン閣下が声をあげた。
「ヒルダ! 今、君の作ってくれたケーキをヘイリー女史に味わって貰っていたところだ。とてもおいしいと喜んでくれた」
「本当ですか? 良かったです。本当はきちんと慣習通りに同等ランクのお店を探してお返しをした方が良かったんじゃないかと不安になってしまって、つい様子を見に来てしまいました」
「ヒルダの作った菓子は、世界で一番美味しいと言っただろう?」
「それは、旦那様だから」
「そんなことはない。もっと自信を持っていいんだ、ヒルダ。学生時代からずっと、君の作るモノ以上に、私の心と舌を満たしてくれるものはない」
「嬉しいです」
その仲睦まじい様子というか、よりオルソン閣下の方に熱を感じる二人を見て、ヘイリーは「なぁんだ」と小さく呟いた。
表に出せないほど無様な、女避けのために娶った形だけの偽装妻などどこにもいなかったのだ。
愛されることのない白い結婚を交わした夫婦など、どこにもいなかった。
ただひたすら愛しすぎて、誰にも見せたくないほど囲い込んでいる一途な男がいるだけだった。
騙されたのではない。噂をしていた者もヘイリーも、自分たちが見たいように見ていただけ。
そこに実はない。
「お幸せなんですね」
答えを期待していた訳ではなかった。ただ、自分が納得したかっただけの問いに、微笑みあう夫妻二人共から答えが返される。
「勿論だ」
「はい」
即答かと苦笑したヘイリーに、侯爵家の侍従が囁いた。
「はた迷惑ですけどね。我が主たちは、お似合いだと思うんです」
「えぇ、そうですね。とても、お似合いです。こんなご夫婦に、私もなりたいと思います」
はた迷惑なのに? という侍従の呟きにヘイリーは笑顔で顔を横に振った。
「はた迷惑なのは、あれです。白い結婚の噂を放置されていることでしょう」
「は?」
忠実な侍従は、まったく知らなかった噂を聞かされて目を大きく見開いた。
ジョイスは糸目




