11.
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「バーナード様の結婚に関して、そのような噂が……?」
ヘイリーが教えた「白い結婚」や「金で買った偽装妻」の噂の内容に、侍従の顔色が無くなっていく。
だがしかしこれはまことしやかに流れている巷で定説とされている噂だ。そこに嘘はないので滔々と語って聞かせた後、ヘイリーはきっぱりと言い切った。
「だから侍従どの。あんな噂はすぐに払拭なされることをお勧めします」
ヘイリーのような勘違い被害者をこれから増やさないためにも、絶対急務だ。
ふと、夫妻にとって、ヘイリーは被害者ではなく加害者かもしれないという考えが浮かんだが、慌てて頭を振って思考から追い出した。
ヘイリーは、噂に踊らさせた被害者だ。ここが揺らぐと恥ずかしさでここから今すぐ逃げ出したくなってしまう。だから絶対に譲れない。動悸が激しい胸を手で押さえて深呼吸していると、難しい顔をした侍従から問われた。
「たとえば、具体的にはどういった対策が」
令嬢たちの間で流れる噂の払拭方法など、想像がつかないのだろう。
ここは一つヘイリーが協力することで、ちくちくと刺激される罪悪感を消し去らねばと思案した。
「たとえば、夜会に揃って出かけてお互い以外とはダンスを踊らず、最後まで仲睦まじい様子を見せつけるとか」
「オルソン様はともかく奥様はダンスが大の苦手です。そもそも人づきあいも苦手ですので、夜会に引っ張り出したとしても仲睦まじい様子を見せつけることなどできないと思います」
「一緒に人気の劇を観に行ったり」
「うーん。宰相であるオルソン様はとてもお忙しいですし、奥様もご興味ないと思います」
せっかくヘイリーが協力してあげているというのに、どの案もあっさりと却下されてしまって、目を彷徨わせた。
「……えっと」
「……」
協力しているだけなのに、なぜこんなに詰められているのか。
どこを見ているのか分からない侍従の糸目に見つめられている。ナニコレ怖い、超怖いとヘイリーがぐるぐると思考を重ねる。
そうして、やっと正解を見つけ出すことに成功した。これしかないとヘイリーは目を輝かせた。
「あ! そうですよ結婚式ですよ」
「お二人はすでに一昨年挙げられております」
すっごく阿呆の子扱いされているのが分かって頬を膨らませる。
本当にこの糸目は何も分かっていないと思い直して、ヘイリーはもう少し分かり易く説明することにした。
誰にでも分かり易い説明を、というのは現在のヘイリーの主要な仕事である。
分からせてくれると気合を入れた。
「ごく近い親族のみで招待客なしだったから駄目なんですよ。やり直しましょう。盛大に!」
「あぁ。それは、確かに一理ありますね。ですが、奥様がご了承してくださるでしょうか」
この期に及んでまだ異を唱えるのかと思うが、ここで大きな声をあげる訳にはいかなかった。
まだ同じ部屋に二人共いるのだ。勝手な案を練っていると知られる訳にはいかないのだ。
「そこはあれです、パーティーメニューを作っていただくということだけをお伝えしておいてですね」
「なるほど、サプライズですか」
侍従と二人、部屋の隅でこそこそと作戦を練っているところへ、バーナードの声が掛かった。
「ヒルダを馬車まで見送ってくる。暗くなる前に、屋敷まで着いて貰わなくては仕事に差し支えるからな」
「すみません。夕食の仕込みを抜け出してきているので、失礼します。ヘイリー様、今度ぜひ屋敷へも遊びに来てくださいね。お茶菓子を用意してお待ちしております」
腰に腕を回され、べったりと抱き寄せられたままのヒルダが頭を下げた。
なんと愛らしい表情なのか。ヘイリーは自分が脂下がった顔をしている自覚があったが、それを戻す術を知らなかった。
たぶんきっとヒルダ夫人はオルソン閣下から、毎日というか常時こんな距離で甘やかに接されていることにすっかり慣らされてしまったのだろう。
その日々のやり取りを想像して、ヘイリーは一瞬で脂下がった顔からスンとした半眼になった。
どこが、白い結婚。どこが金で買われた偽装結婚の妻なのか。
けれど、またあの菓子が食べられると思うと嬉しい。しかし、もしかしたら夫人の横には常にこの妻を溺愛するオルソン閣下がついてくるのかもしれない。
嬉しいけれど鬱陶しい。そんな複雑な気持ちで了承した。
「ぜ、是非」
もにゅもにゅっとしたはっきりとしない笑顔で頷いたヘイリーに、ジョイスが苦笑する。
もうジョイスにとって、この女性文官は忠実なる主の警戒すべき敵ではなかった。
「なるほど。我が主はこの方にどうして隙を見せたりするのかと怪しんでいたのですが、ヒルダ様のご友人として見定めるためだったのですね」
決して腰掛けではない仕事に対する情熱、所作の美しさ、会話のセンスに、人柄、人脈。そうしてなにより食べることへの興味。侯爵夫人が料理をするということへの寛容さ。
隙を与えたという訳でもなく、それらを見定めていただけなのかもしれない。
しみじみとつくづくと。ジョイスは、自分の主の世界の中心にいるのはヒルダ様だけなのだなぁと感慨深く思ったのであった。




