12.
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「奥様の料理に胃袋を掴まれた信者が、また一人増えたようですね」
「料理の腕だけではありません。ヒルダ様は、私の理想の令嬢です」
背の高さは勿論のこと、柔らかな笑顔といい、服装のセンスといい、旦那様から溺愛されているといことといい。
すべてヘイリーが“こうありたかった”という理想そのものだ。
是非、お友達になりたい。
仲良くなって彼女のドレス選びをさせて貰う想像をして、ヘイリーはうっとりした。
「令嬢ではない。私の妻だ」
まさか愛妻をエスコートして執務室から出ていこうとしていたバーナードに聴こえてしまった上に、戻ってきてまで直接訂正を入れられるとは思わなかったヘイリーは肩を跳ね上げた。
「ハイ勿論です! 素晴らしい奥様ですね!!」
「あぁ。自慢なんだ」
ヘイリーがした回答に満足したのかオルソンが表情をやわらげ微笑んだ。それを見てホッとしたのもつかの間だった。
「では、戻ってきたらそのサプライズとやらについて、詳しく聞かせて貰うことにしよう」
突如としてバーナードの笑顔がただ美しいものから迫力たっぷりの笑顔へと切り替わって、思わずジョイスと二人、喉の奥で悲鳴を上げた。
「「ヒッ」」
「楽しみにしているよ」と続けたバーナードは、出口に待たせていた夫人のところへさっと戻っていった。そのままとても自然にエスコートして、ふたりに背中を見せる。
「勤勉なる侍従には、先ほどの事業を詰めておくことを願うよ」
出ていく前に、もう一度ぺこりと頭を下げるヒルダ夫人に優しく退出を促して、反対側の手を軽く挙げ去っていく。
その背中へ、ジョイスが頭を下げた。
「いってらっしゃいませ」
腰を曲げたまま扉がぱたんと閉じ切ったことを確認してから、二人は、ふうっと大きく息をはいた。
「思わず私まで使用人としての礼をとってしまったわ」
「はは。いっそオルソン侯爵家の使用人に転職しますか」
「いいえ。私は今の主任文官という職に誇りを持っています」
歓迎しますよ、と笑うジョイスにヘイリーは首を振って拒否した。
女性文官の数は少ない。しかも主任になれるものはもっと少ない。
せっかく就いたその栄誉を手放すことはできない。
そう。たとえどれほど侯爵家のシェフの作る料理がおいしかろうと。
「それにしても、事業だと仰ってましたね」
どういうことだと考え込んでいるヘイリーの横から、呟くような声がした。
「『ヒルダが嫌がることはしないと約束したから』──バーナード様がそう呟いているのを聞いたことがあります」
「え?」
「親族からちゃんとお披露目をしろと言われたりする度に、バーナード様はすべて蹴散らしていらしたのです。『そんなことに使う時間はない。必要ない』と。確かに当時はオルソン侯爵位を継いだばかりでしたからね。お忙しくて当たり前ではあったので、私としては深く捕らえることもなく受け入れていたのです」
悔恨の残る表情で、侍従が当時について告解する。
たぶんきっと、侍従だってまだそれほど仕事に慣れておらず手一杯だったんだろう。
当たり前だ。侯爵で宰相の側近となるには生涯勉強が必要なはずなのだから。
「そうして結婚式は内内でごく地味にした結果、偽装結婚とか白い結婚という噂が出たんですね」
ジョイスが目を閉じ悔恨の滲む顔で頷いた。
「口では自分のためと言いつつも、すべてヒルダ様のことを考えたからだったのですね」
「たしかにすべてヒルダ様のためだったんでしょうけど。侯爵家が地味な結婚しか挙げないなんて不自然すぎますし。それが原因になって、ヒルダ様をあざけるような方々が出ると考えなかったんでしょうかね」
女性視点からすれば、当たり前すぎる結果ではあるものの、男性からすれば目から鱗的なものがあるのかもしれない。
「うぐっ。い、いいんです。私どもの視野が狭すぎた、それだけです」
胸に手を当ててよろめきながらそれでもヘイリーの言葉を真摯に受け止めようとする侍従がいじらしい。哀れですらある。
なんにしろ歯にきぬ着せなさ過ぎたとヘイリーは身を縮こませて謝罪した。
「すみません。言いすぎました」
「いえ。私たちが想像力を働かせて、こういったリスクが生じる可能性について提議できていれば避けられたことでした。同じ失敗は、もうしません」
姿勢を正し、上着の裾をビッと直した。
表情まで引き締めたものに変わる。その瞬間、ヘイリーはほうっと見惚れてしまった。
「ちがうちがうちがうちがうちがうしっみとれてなんかいないしっ」
バシバシと自分の頬を両手で張る。痛い。
「なんですか、それは。なにかのオマジナイでしょうか?」
「最新の美容法です! 定期的にしないといけないんです!!」
勿論大嘘だ。けれど、ヘイリーは胸を張って言い張った。
嘘は自信なさげに告げた方がバレるのだ。
「へぇ?」
にやりと笑われて、言葉に詰まる。
それを誤魔化すように、声を上げた。
「さぁ。サプライズについて、詰めないと。閣下が戻ってきてしまいますわ」




