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13.



 抜けるように青い空の下、人々の歓声が上がっていた。


「なんでおいしいの!」

「こんなに愛らしい食事はじめて」

「どうしましょう。全種類を食べ尽くしたいわ」

「明日ドレスが入らなくなっても構わないわ!」


 そこかしこから上がる歓声に、中央にいた二人は視線を合わせて微笑みあう。


 オルソン夫妻の結婚二周年を機に、侯爵家の自慢の庭へと、交流のある貴族たちや仕事上で関わりのある者たちを招待したのだ。勿論、当主であるバーナードの横には妻ヒルダの姿がある。


 結婚式や披露宴をやり直すという案も検討したのだが、ヒルダは緊張するだろうし、そもそもサプライズというものを喜ぶ性質(たち)でもないという。正式にお披露目をしてしまえば断りにくい筋の招待客からヒルダ一人にお茶会の招待などが来るかもしれないと廃案にしたのだ。


 あくまでオルソン侯爵家の自慢の庭と料理を堪能してもらう会だ。

 ホスト側として、夫妻揃ってお迎えする。それだけで十分だろうと判断した。


 そうしてその判断に間違いはなかった。



「オルソン宰相の笑った顔、初めて見た」


 呆然と呟いた文官に、同僚である女性文官が自慢げに声を掛ける。


「あら。知らないの? オルソン閣下は、奥様にはデッロデロに甘いのよ。ご本人がいなくったって、奥様の話題を口にしてる時はもう脂下がってみられたものじゃないんだから」


「そうなんですか?!」

「そうよ。私、宰相執務室で奥様と鉢合わせしたことがあるのだけれど、もうね、吃驚するほど別人だったわ」


 ふう、と呆れた空気を醸し出してヘイリーが肩をすくめてそう言うと、周囲がざわついた。


「え、そうなんですか」

 会話に割り込んできた男に頷いてやれば、それ以上ヘイリーがなにも言わなくとも話が広がっていく。


「じゃあ白い結婚という噂は嘘だったのか」

「もしかして、貧乏子爵家から金で買った嫁っていうのも嘘だとか?」

「やあね。宰相閣下に聞かれて抹殺されても知らないわよ」

「やめてくださいよっ」


 あながち冗談ではない。ヒルダを貶しめた相手を放置するような男ではないと、今のヘイリーは知っていた。


「宰相に横恋慕していた誰かがやっかみから嘘を流したのかもね。けれど、事実ではないのだし、王宮の文官が嘘に踊らされてはダメなのよ」


 すっかり騙されたのはヘイリー自身でもあるのだが、それは一旦棚の上に上げておくことにしたヘイリーは、騙された腹いせに大きな声で当て擦る。


 そんなヘイリーの言葉に、聞き耳を立てていたらしいご婦人方が何名か、顔色を変えて逃げていく。


 その後ろ姿をヘイリーは睨み付けた。


「アレが、奥様の敵どもですか」

「ちゃんと手を回してくださいね、ジョイスさん」


 いつの間にかヘイリーの傍に近寄っていた給仕姿の侍従に念を押す。


「お任せください。オルソン侯爵家の名誉にかけて、ギッタンギッタンにしてやりますよ」

「ギッタンギッタンって」


 その言葉のチョイスはどうなんだろうとヘイリーは思わず噴き出した。

 まなじりに涙が溜まるほど笑って、笑いすぎて、手に持っていた乾杯用のグラスから酒が零れた。


「あっ」


 グラスから零れた酒が、ヘイリーのドレスを汚す寸でのところで、ジョイスが腕に掛けていたナフキンで吸い取ってみせた。


「よかった。ドレスは汚れていませんね」

「ごめんなさい。あなたの服は汚れていないかしら」

「大丈夫です。内側に折りたたんでしまえば目立ちませんから」


 ジョイスが汚れてしまったナフキンを器用に折りたたみ直して腕に掛けると、確かにそれは真っ白に見えた。


「でも、汚れたナフキンを腕に掛けていたら、シミができてしまうわ」

「大丈夫です。そのために給仕用の服は黒いんです」


 ぱちりとウインクをして見せたつもりなのだろう。けれど、元々が糸目のジョイスの顔はまるでいつもと同じだ。同じでしかないのに、ヘイリーの頬が赤く染まる。


「さ、さっきの! 宙を舞ったお酒を吸い取ってみせるなんて。魔法みたいだったわ」


 顔を見られなくて、くるりと後ろを振り向く。実は、今日の主役であるヒルダのドレスと同じ工房で作られているドレスの裾が丸く広がった。


「侍従というのは、どんな主人の無茶ぶりにも応えなくてはいけませんから。魔法も使えるんです」


 零して空になったグラスを取り上げられ、新しいグラスが差し出された。

 中に注がれたアルコールがしゅわしゅわと音を立てているグラスを受け取ると、ジョイスが侍従の顔に戻って頭を下げた。


「では私は業務に戻ります。どうぞごゆっくりお楽しみください」


 去っていくジョイスを見送る。

 その背中を見つめながら、ヘイリーは頬にたまりつつある熱を冷まそうと、そっとグラスに口をつけた。


「却って熱が上がりそう……って。駄目だわ、私には使命があるのよ」


 ぐっとグラスの中身を飲み干して、ついでに通りがかった給仕からチェイサーとなる果実水を二杯受け取って一気飲みする。


「よし!」


 気合を入れなおしたヘイリーは、その後会場内を歩き回って、白い結婚について当て擦る者たちや噂を口にして笑う者たちに近づいては、オルソン侯爵夫妻の真実の姿について吹聴して回るのだった。




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