14.
■
小さなバトルを繰り返し、心の中で何度も舌を出しては次の戦場を求めて美しい庭を彷徨い歩く。
すべての工作に勝利を収めたヘイリーは意気揚々と、この後にひらかれるオルソン侯爵家の晩餐会に参加するべく用意してもらっていた控室へと向かった。
招待されているのは、オルソン侯爵家の親族と夫妻と直接交流のある親しい者だけ。
勿論、ヒルダの料理がずらりと並ぶ予定だ。
ヘイリーはその晩餐会へ、親族でも何でもない男爵令嬢としてただ一人、招待を受けていた。
ヒルダ・オルソン侯爵夫人の唯一の友人枠として。
学園では入学間もない頃にまだ侯爵令息であったオルソン閣下と婚約した途端、幼馴染やクラスメイトからもやっかまれてしまい友人を作るどころではなかったようだ。
ちなみに、ヘイリーはヒルダ様が入学する前に、15歳の基礎教育が終わった時点で学園を卒業して就職してしまっていた為、二人の恋話は噂でしか知らなかった。知っていたら何か違っていたかもしれないが、勘違い方向に突っ走っていたかもしれないので、むしろ良かったと思う。
「美味しいゴハン~♪ 至高のデザート~♬ ぐふふ」
デタラメな節をつけたデタラメな歌も口からこぼれ出ようというものだ。
当然、歩き方もどこか跳ねるようなものとなる。
「生意気なのよ、あなた」
そう声がして、横から伸びてきた手に強く肩を押された。
「ぎゃあっ!」
ティーカップより重い物を持ったことの無さそうなご婦人ごときに突き飛ばされようとも転んだりするようなヘイリーではなかったが、長い爪だがその指に嵌めたギラギラの指輪が原因なのかは分からないけれど、なにかが引っ掛かって薄いドレスの生地から糸が伸びる。
「ヒルダ様と隠れお揃いのドレスがぁあぁぁぁ」
許せぬ。体型と顔の作りに違いがありすぎて同じデザインのドレスという訳にはいかなかったから、せめてと色違いの生地を選んで仕立てたというのに。
「やっぱり。男爵令嬢ごときが有名ドレス工房のものを着ているなんておかしいと思ったのよ。あなた、バーナード様の愛人ね? だから隠れ蓑がちゃんと隠れ蓑になるように、あんな地味な妻モドキの擁護をして廻ったんでしょう!」
指を突きつけられて聞かされた言葉が妄想すぎて、目を見開く。
「すごい。何一つ当たってないです」
「ウソ仰い! 愛人でもなければ、男爵家の行き遅れ如きが侯爵家の御用達の工房で仕立てられたドレスを着ている訳がないでしょう!」
「っ。い、行き遅れてなんて、いませんっ」
確かに、貴族令嬢としては結婚適齢期真っただ中でありながら、婚約者もいないヘイリーは行き遅れに片足をつっこんでいるのかもしれなかった。
しかし下級貴族である男爵家の子息令嬢は跡取り以外の婚期が遅い傾向にある。決してヘイリーだけが遅い訳ではない。
「あら、愛人だというのは否定しないのね?」
「それこそ、やめてください」
思わず他の誰にも聞かれていないかと心配になって周囲を見回した。
実は、この後にひらかれる晩餐会こそ、ヒルダ様へのサプライズ披露宴を兼ねている。あくまで晩餐会ではあるものの、そこでヒルダ様が身に纏うのは、豪華なウェディングドレスだ。
トレーンだってオルソン閣下の愛が反映したように阿呆のように長い。
銀糸の生地にアクアマリンが山ほど縫い付けられた衣装は、バーナード・オルソンの独占欲そのものを表しているような超豪華な仕立てで、これを身に着けたヒルダ様を愛でる閣下を見た者は、二度と間違った噂を口にすることはなくなるだろうという逸品であった。
そうしてヘイリーは、オルソン閣下から相談にのったご褒美として、色違いのこの生地を貰ったのだ。
ヒルダ様の栗色の髪と同じ色が良かったのだが、そこはオルソン閣下から却下された。
フツーにヘイリーの緑の瞳に合わせた緑色をしている。非常に残念だが仕方がない。
オルソン閣下は工房で一緒に仕立てようと言ってくださったのだが、それはあまりにも身分不相応すぎるのでお断りしたのだ。
だってヘイリーは宝飾品とか全然持ってないのだ。超お高いドレスだけあっても、ヘイリーも困る。宝飾品や靴まで全部ご厚意に甘える気にもならなかった。
だから、母と手分けして仕立てた。デザインはいつも着ているものに共布で作った薔薇を多めに飾りつけているだけなので、仕立ても慣れているし自分でも着こなせてもいると思う。けれど、素人の作ったドレスでしかない。あのドレス工房の方に聞かれたら困る。
「これは私と母が仕立てたドレスです。知ってますか? この薔薇の飾りって二本取りにした糸でザクザク縫って引っ張り寄せて丸めるだけでこんな風にできるんですよ! 私でも簡単」
「ウソばっかり。いい加減白状なさいな。そうして、招待状を私に献上しなさい。
バーナード様の、愛人の座もね。そうしたらきっとあなたのご実家も」
「え、あ……や、やめてください」
名乗られてもいないので未だ誰だか分からないままのご婦人の言葉に、身体が震えた。
「ほほほ。所詮は男爵家。我が伯爵家に睨まれるより、素直に従った方がよろしいとようやく理解できたようね」
震える私を前に、ご婦人が醜く嗤う。あぁ、本当にやめて? おねがいだからとヘイリーは恐怖に震えた。
「理解できてないのは、マーニー子爵夫人、お前の方だ」
「え?」
あぁぁぁあぁ、だからやめろって教えたのにぃ。(教えてない)
まるで悪鬼のごとき表情で、オルソン閣下がご婦人を見下ろしていた。
怖すぎて、自分が怒られている訳でもないのにヘイリーは震えた。
それに今オルソン閣下はこのご婦人を子爵夫人と言っていたが、我が伯爵家と言っていたのではないだろうかとヘイリーが訝しんだ。
「いいか、私にはヒルダ以外の女性など必要ない。婚約中も結婚後も何度断ろうとも婚約の申し込みや恋文を寄越してきていたが、私はヒルダ以外の女性などまっぴら御免なのだ。いい加減に理解しろ。それにこの国は一夫一婦制だ。そんな基本的な国の法律すら理解できないというなら、マーニー子爵家自体を処罰対象にしてもいいんだぞ。それともいっそこの国の民であることを辞めるか?」
婚家への抗議を一足飛びに通り越して婚家ごと処罰対象にしようというのも酷いが、貴族からの排除ですらなく国民であることすら許さないというのは、王族ですらなかなか決定権はないんじゃないかなーとヘイリーは思った。だが、しつこくヒルダ様との関係を邪魔する者が息をしていることを許すオルソン閣下ではないかと受け入れる。
そこを否定しても意味はないからだ。だって本当にやりそうだし。
「で、でも……バーナードさま」
ここまで言い切られてまだ「でも」と言えるご婦人の根性はすごいと思うし、名前を呼ぶ度胸も認めるが、やめておいた方がいいとヘイリーは助言したかった。だが、実際には大人しく口を噤んだ。
そんなことをしてやる筋合いはなかったし、なによりもオルソン閣下自身からちゃんと一刀両断されるべきだと思ったからだ。
「勝手に私の名前を呼ぶな、気持ちが悪い」
「気持ちが、わるい?」
たった一言で戦意を完全に奪うと、更に追い詰める。
「私はヒルダを愛している。彼女を表に出さなかったのは私の独占欲でしかない。だが、そのせいで愛するヒルダが貶められるようなことになったというのは耐えがたいことだった。故に、忍び難しを忍んで、こうして披露の場からやり直すことにしたのだ」
廊下に頽れたご婦人を、いつの間にいたのかジョイスが雑に腕を持ち上げ回収していく。
その後ろ姿に、さらなる追い打ちが掛けられた。
「何度でも言う。私は、ヒルダだけを永遠に愛する。他の女など要らん」
オーバーキルだと思うけど、それでもオルソン閣下は満足していないようで、きっとご実家の伯爵家と婚家の子爵家はどちらも大変なことになるのだろうなーとヘイリーは「ざまぁ」と呟いた。
いつもよりちょっと長いけどゴミムシは即退治しときました。




