7.
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──時は少し遡る。
ヘイリーから受け取った贈り物を携えて、ホクホク顔のバーナードは家に帰るなり愛しい妻を部屋に呼んだ。
そうして訝しそうな顔をする侍従ジョイスを横に、ヘイリーから預かった(とバーナードが信じている)贈り物を渡したのだった。
「これは?」
愛する夫バーナード・オルソンから差し出された小箱を前に、ヒルダは首を可愛らしく傾げた。
「先日、仕事に付き合わせてしまって食堂に行き損ねた他部署の者に、君の作ってくれたランチを相伴させたと言っていただろう。そのお礼だそうだ。君の作った食事に余程感動したらしい。わざわざ王女宮の侍女から教えて貰った店まで買いに行ってきてくれたそうだよ」
「まぁ、そんな。お高いのではありませんか?」
「そうかもしれないが、きっと君の作った食事に見合うものとして相応しい物を、と悩みに悩んで選んだ品だろう。受け取っておきなさい」
箱をテーブルに戻そうとしたヒルダの手の上に、バーナードは手を重ねてぎゅっと握りしめた。
小さい手だ。しかし、こと調理中は驚くほど滑らかに細やかに動き回り、簡単そうに難しい細工切りをしたり、すごい勢いで同じ長さで同じ幅に食材を刻んでいくことができる魔法のような働き者の手だ。
バーナードはこの小さな手ほど愛しく眩しいものはないと思っている。
「でも……いいのでしょうか」
「良いに決まっている。君に受け取って貰えなかったらその方が悲しむさ」
指の背で頬を撫でながら言葉を重ねると、ヒルダは嬉しそうに微笑んで頷いた。
かわいい。
バーナードの視線に気が付いて未だに恥ずかしそうにするところも愛おしく、つい抱き寄せてそのつむじに唇を寄せる。
「もうっ。せっかく頂いたお菓子を落としたらどうするのです」
「同じものを買ってくるよ」
「もうっもうっ! そういうことじゃないのですよ、あなた」
ぷんぷんと怒っていても、ヒルダは愛おしい。
これまでバーナードが知っていた数多の令嬢たちとどこが違うのだろうか。全部か。全部だなと一人ごちていると、バーナードの腕の中に閉じ込められたまま、ヒルダは箱を開けた。
複雑に見える結び目であったが、実際には簡単にほどけるようになっていたらしい。
二重のリボンはするりと解けて、包装紙の中から箱が出てくる。
「厳重だな」
「それだけ繊細なお菓子なのでしょう」
「では、失礼して。まぁ、なんて艶やかな」
小さく区切られた箱の中には、3つの艶やかな菓子が並んでいた。
「チョコレートか」
「いえ、チョコレートでコーティングしてあるマシュマロ……いいえ、ギモーヴだと思いますわ」
「食べなくてもわかるのか」
「香りも、重さも違いますから」
少し自慢げな顔のヒルダが箱を捧げ持つ。
なるほど。使ってある素材が違えば、そのどちらも変わってくるということかと得心する。
「3つ入り。上にかかっているチョコレートの色合いが違うな」
「全部違う味のようですね」
「チョコレートの色だけではなんの味か分からないな」
「あの、全部半分こして、一緒に食べませんか」
「全部君が食べてもいいんだよ」
そもそもバーナードはヒルダが作ったモノ以外の甘い物は好きというほどではない。普通においしく食べられる、それだけでしかない。
対して、チョコレートはヒルダの好物だ。大好物と言ってもいい。
それだけでなく、それまで知らなかった食べ物を味わうことも、彼女にとって最高の娯楽だと知っているバーナードは唆すように囁く。
けれど、迷うことなく微笑んで、ヒルダは愛する夫の申し出を断った。
「いいえ、あなたのご縁で繋いで頂いたのですもの。それに、一緒に美味しいね、って言い合いたいです」
言っている最中に恥ずかしくなってきたのだろう。ヒルダの頬がうっすらと色づいた。だんだんと小さくなる声ではあったものの、一緒に食べたいのだと最後まで言い切るヒルダに、バーナードは笑みを深めた。
「ありがとう」
バーナードは箱を捧げ持っていて逃げられないヒルダの頭をもう一度強く抱き寄せると、今度は丸みのある頬へとくちづけた。
「もう!」
「ふう。忠告する必要などありませんでしたね」
ジョイスの敬愛する主は、あんな不快な輩からの秋波などまるで相手にしていなかっただけなのだ。なんなら視界に入っていないのかもしれない。ただ、愛する奥様の自慢を誰かにしたくなった時にランチに誘われたので、丁度良かっただけだったのかもしれない。
いちゃつき続ける主たちの後ろで、忠実なる侍従は静かにお茶の用意を始めるのだった。




