6.
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──ん? え???
「こ、こちらのケーキは、オルソンさまの、お気に入りのお店のモノではナイノデスカ?」
震える声で確認する。
「あぁー、しまった。つい口に出してしまった。ここだけの話にしてほしいんだが、君になら話しても妻も怒ったりしないだろう。我が家自慢のシェフというのは、実は妻のことなのだ。私は、学生時代から妻の作る食事や菓子に夢中なのだ。妻の作ったモノはすべて、世界で最も美味しいと思っている!」
どことなく演技くさい動きでぺちりと額を打ったバーナードは、「ここだけの話」と言いつつ声をひそめることもなく、うっとりと、滔々と歌い上げるように告白する。
その様に圧倒され、ヘイリーはあんぐりと開いた口を塞ぐことができなかった。頭の中で、言われた言葉についてぐるぐると思考が回る。
侯爵夫人が、自ら台所に立つ?
それもたまに趣味で菓子を作るだけならともかく、職場に持参していく日々のランチもすべて、侯爵夫人の手作り?
「では、私たち、ふたりで、笑顔で過ごした時間はいったい……」
呆然と呟いたヘイリーの言葉に、忠実なる侯爵の侍従が答える。
「訂正を。あの日の昼食時、私は続き部屋に控えていた王宮侍女に対してもし食事で服を汚すようなことがあった場合の着替えの用意を伝えに行っただけですぐに戻ってきております。今もこうして控えさせていただいておりますし、この部屋も侍女の控えの間との扉は少し開いたままです。主人を独身女性と部屋で二人きりになど、決して致しません」
「え……あっ」
そうだった。侍従はすぐに戻ってきて、食事を摂る間の給仕(といっても主に飲み物の追加がほとんどだったが)をしてくれていた。
食事を摂っていたのは二人だったが、部屋に二人きりになっていた訳ではなかった。
「え、でも……オルソン様とお呼びしてもお許しをいただいて」
「奥様の食事を前にしたバーナード様は、その他のことに関してかなり寛容といいますか、どうでもよくなってしまいがちなのです。多分、ろくに聞いていません」
「でも! 私との会話を楽しんでくださっていたわ」
「奥様の作られたモノが美味しいという会話しかしていらっしゃらなかったと記憶しております」
「そんな……そんな」
ヘイリーはそれ以上抗弁することができなかった。ずるずると、その場にへたり込む。
気安い態度も、笑顔も、ヘイリーに向けられたものではなかったのだ。
愛する妻の作った食事を堪能していただけ。
それがすべてだった。
しかしそのことを頭が理解することを拒否しているのか、うまく言葉を発することができないでいるヘイリーに気づくことなく、厳格な宰相であるオルソン侯爵が頬を紅潮させて、ほめちぎっていた。まさにべた褒め。いや、ベタ惚れとはこのことか。勿論ヘイリーにではない。奥様が作ったという、ケーキに対して、だ。
「本当に、奥様の作ったモノのこと以外、どうでもいいんですね」
「はい。私共のこの会話をまるきり無視しているのが、良い証拠です」
高らかに、妻の作った料理への愛を語り続けていたオルソンが、ふいにヘイリーを振り向いた。
「我が家自慢のランチとケーキを味わった君になら、分かって貰えることだろう」
「……えぇ。オイシイです。とても」
男爵家の生まれであったヘイリーの母は、当たり前のように厨房に立っていた。
ヘイリーも弟たちも、当たり前のように家事を手伝った。
だからこそ、分かることがある。
侯爵夫人の腕前は、本物だと。
ただできる・作れるというレベルではない。料理には、どれだけ努力しようとも到達できないランクというものがある。
繰り返すことで基礎的な技術は手に入れることはできる。最低限の味付けのバランスもとれるようになるだろう。
けれど、誰が見ても美しく整った盛り付けを自分で考えつくことや、新しい食材同士を組み合わせて誰が口にしても美味しいと思える新しい料理を作り出すことも、何度でも食べたいと思える味わいにまで昇華させることも、とても難しい。
そうしてそのすべてを叶える腕前になるまで到達することができる人間は、極々一部の選ばれし存在だ。
母は、結婚する前から実家でも料理を作ってきたと言っていた。
だから厨房に立って30年以上になる。ヘイリーは母の作る料理が大好きだ。とてもおいしいと思う。
けれど、母の作る料理は素人の家庭料理でしかない。とても侯爵家お抱えのシェフ、それも自慢のシェフだと賞されるような料理は作れない。作ろうと思ったこともないだろう。触ったことのない食材だらけで、どう調理すればいいのかも分からないかもしれない。
食材の取り扱い方も。調理器具の使い方も。絶妙な調味料の組み合わせ方も、すべてが勉強だ。トライアンドエラーを繰り返して手に入れる技術だ。立ち止まったら成長できない。新しい味を創ることはできない。
侯爵夫人は、料理の神にそう在るべきだと選ばれた特別な存在だとヘイリーも思った。そこに異存はない。だが……。
「やはり! 君になら妻のすばらしさが分かって貰えると思っていた。ヘイリー女史、いや、同志ヘイリーよ。君を是非、我が家に招待したい」




