5.
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「え、こちらを私に?」
目の前に差し出された瀟洒な箱を、ヘイリーは満面の笑みで受け取った。
恭しく両手で掲げるように受け取ると、それはずっしりとした重みをもってヘイリーの手に収まった。
「あぁ。この間、君からもらった菓子は美しく美味しかった。だから私も、私の知っているこの世で一番美味しい物を君に食べて欲しかったんだ」
食べて欲しい──
その一言で、浮き立ったヘイリーの心がちょっとだけ萎む。
ずっしりとした重さから髪飾りのような宝飾品かと勝手に想像してしまっていたのだ。
いけない。まだ二人きりで言葉を交わしたのだって、あのランチのひと時だけだというのに。
焦りは禁物だとヘイリーは自分を窘め奮い立たせた。
「わぁ、ありがとうございます。こちら、今開けてもよろしいですか?」
努めて明るい声を上げる。少しわざとらしすぎたかと思ったが、オルソンがニコニコとしているので胸が騒いだ。
「あぁ勿論だ。何ならお茶を淹れさせよう」
「嬉しいです! 是非お願いします」
勧められるまま、前回ランチをとったソファへ座ると、いそいそと柔らかなシフォンのリボンを解いた。
「うわぁ」
箱の中には、ドライフルーツやナッツがたくさん飾り付けられたチョコレートケーキが入っていた。掛け値なしに美しいケーキへ賛辞の声を上げた。
「綺麗! なんて美しいのかしら。まるで、宝石箱のようだわ」
「だろう? 見た目だけではない。味だってそうなんだ」
自慢げにそう言うと、侍従に指示を出して箱の中身を切り分けさせる。
今日の紅茶は濃く淹れられたミルクティだった。
「このケーキに負けない強さとコクが必要なんだ」
心なしかオルソンの声がウキウキとしている気がして、頬が緩んだ。
仕事はできるが冷徹な宰相と誉れの高いバーナード・オルソン閣下が、実は無類の食道楽、それも甘い物好きだなんて。もしかしたらヘイリーしか知らない隠された素顔なのかもしれないと思うと、先ほど傷ついた自尊心が満たされた。
ヘイリーの黒髪と、バーナード・オルソンの銀色の髪。
ヘイリーの緑の瞳と、バーナード・オルソンの水色の瞳。
まるで似ていないけれど、向かい合って座る姿はなかなか似合っているのではないだろうか。
なによりも、エスコートをして貰った時にあんなに目線が上になる男性は本当に久しぶりだった。
令嬢としては背が高いヘイリーは、ヒールの高いダンス靴を履くと目線が同じどころか下になってしまうことも少なくない。ダンスを踊るのも敬遠されがちだ。
ヘイリーは、ごくごく短いソファへ移動する為だけにして貰ったエスコートを思い出してほうっと熱い息をついた。
これが王城の夜会だったなら。美しいドレスを身に纏ったヘイリーを、誰も笑顔を見せたことのない冷徹宰相であるはずのバーナード・オルソン閣下がエスコートしてくれるという夢想が止められない。
仕事はできても結局は平凡で取るに足らない女性文官だと決めつけられ、令嬢にも殿方からも相手にされないしがない男爵令嬢ヘイリーを、仕事の際には誰より冷たく温度のない水色の瞳を熱く蕩けさせたオルソンが愛しげに見つめてエスコートしてくれる。そんな姿を、ヘイリーは心の中で思い描いて悦に入る。
交わす言葉は少なくとも、目の前に座るその表情を見れば自分との時間を楽しんでくれているのが伝わってくる。それは、とても幸せで嬉しいことだった。
出されたケーキは、生地の中にもどっさりとドライフルーツとナッツが入っていた。だがそれだけではなく、大きなチョコレートの塊が入っていて、噛みしめるごとに新たなおいしさが口の中に溢れ出てくる。蕩けるようなおいしさだったまさに天上の味わい。。目を見張るおいしさだ。
「んんっ。これは、おいしすぎますね!」
「だろう?! そうして頬張った後に濃いミルクティを飲むのが」
くいっと温めのミルクティを流し込んで美味しそうに破顔する。
その笑顔を見ていると、むくむくと望みが胸の中に湧いてくる。
先日のランチでは、オルソン様、と呼んでも許された。
ならば、今はどうだろう。午後のお茶の時間だ。今も許されるのではないか。どきどきしながら、出来るだけ自然に、声に出した。
「本当に。ォルソン様の仰る通りですね」
少しだけ動揺でオルソンのオの音が裏返ってしまった。けれど、オルソンはどちらも咎めなかった。
名前を呼ぶその発音が悪かったことも、様付けで呼びかけたことも。
許されたことが嬉しくて、心が浮き立つ。
いつかきっと、『バーナード様』と呼ばせて貰える日がくるそんな予感がした。
いいや、すぐにそう呼び合う関係になってみせると心に誓う。
「おいしそうに食べてくれて嬉しい」
「だって、本当にとてもおいしいですもの」
同じものを食べて、一緒に笑い合う。ヘイリーの胸が高鳴る。
「それはよかった。ミルクティのお替りはどうだね?」
「是非、お願いします」
打てば響くように会話が進んでいく。
「あぁ、幸せです」
交わす言葉がない時も、視線があえば微笑みが返される幸せに、ヘイリーはすっかり有頂天だった。
この、言葉を聞くまでは。
「そうだろう。我が妻の作るケーキは幸せの味がするだろう? 私は世界で一番おいしいと思っている。同意してくれる人が増えて嬉しい」




