4.
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「これは?」
そっと小さな箱を差し出すと、バーナード・オルソンはその水色の瞳に疑問を浮かべた。
「お礼です。先日ご馳走になったランチの」
「あぁ。だがあれは、休み時間まで仕事に付き合わせた詫びだったのだから」
差し出した小箱をそっと手で差し戻されそうになる。その手が前へと動き出す前に、言葉を重ねた。
「とても美味しいものをご馳走になったので、今度は私のとっておきを、閣下におすそ分けしたくなっただけなのです」
押し戻されてしまう前に、自分の美味しい物を教えたいのだという想いを付け足す。
一番小さな箱にしておいて本当によかったとホッとする。まぁヘイリーの給与ではこれだってかなり背伸びした価格ではあったけれど、それでももう1個2個なら増やせなくもなかった。
けれど、ただ共有するためのおすそ分けとするならば、一番小さな箱が最適だと判断したのだが、どうやら正解だったようだ。
それと渡す際には媚びるような視線は敢えて控えた。秘密を共有する、そんないたずらめいた空気を前面に押し出す温度の低い笑顔で乗り切る。
「これは、いま流行っているモノなのか?」
「まだこれから、という感じですね。実は、王女宮の侍女から教えて貰ったばかりなのです。王都のあるお店だけでしか買えないんですよ」
「つまりこれから流行る店のものなのだな。確かにこのロゴに見覚えはないな」
すっと後ろに控えていた侍従ジョイスへ自然に手渡されてしまい、声が出そうになるのを堪える。今ここで一緒に、という訳にはいかないかもしれないと思うとテンションが下がった。
受け取ったジョイスは箱を確かめ静かに頷いた。
「不勉強、傷み入ります」
侯爵付きの侍従として、こうした贈り物に関する情報は常に更新しておくべきである立場でありながらその店を知らなかったと頭を下げるジョイスに、ヘイリーは気を良くした。偉そうな態度をとる王女宮の侍女たちのことは好きではないが、友好的にしてきた甲斐があったということだ。
「ありがとう。確かに、女性に受ける贈り物を新しく知る機会は滅多にあることではない。心遣い感謝する」
やはり、今この場で開けて共に食べてくれることはないらしい。期待していたヘイリーは少しだけ気落ちする。
だってすっごく高かったのだ。一口サイズの菓子が3つしか入っていないのに、月の給金の半分が消し飛ぶほど。
自分の分を確保することもできなかった高級菓子が、瀟洒なラッピングすらほどかれないまま侍従の手に渡ってしまったことに落胆する。
しかし、今は仕事中なのだ。当たり前だった。気が急いてタイミングを見誤ったヘイリーが悪いのだ。
しかも、仕事としては先日一緒に訂正した文書の単語の綴り違いを確認しにきただけだ。
それもオルソン側ではなく、ヘイリーが写し間違えていた部分の確認として、ここに来ていただけだ。すぐに終わってしまったので今回は昼休みまで粘ることもできない。
背筋を伸ばして笑顔を取り繕いながら、すごすごと引き下がるしかなかった。
*****
「あの、ヘイリーという女性は要注意ですね」
執務室の扉が閉まったことを確認したジョイスが苦言を呈した。
「何故だ? 彼女はあのランチを絶賛してくれた。いい人だ」
それに対して、バーナードはため息と共に答えた。
「……まったく。その価値基準は良くないですよ、バーナード様」
「小食を気取る令嬢よりずっと好ましく思うが。あぁ、あの日のランチ、お前の分を彼女がすっかり食べてしまったことを怒っているのか。仕方がないじゃないか。我が家自慢のシェフの味を前に我慢できる者などいないんだよ」
「それもありますけど」
「あるのか。済まないな、今度埋め合わせできるよう話をしておく」
信頼する侍従の不満の理由が分かり笑って視線を上げたバーナードの綺麗な顔に向かってジョイスは指を差し詰め寄った。
「そうじゃなくてですね、他の女性からの贈り物を安易に受け取ったりして。奥様に嫌われても知りませんからね!」
「人に向かって指を差すな。なぜヒルダが怒るのだ」
差された指をぐいっと押しのけて、疑問を口にする。
その口調は心底不思議そうで、困った人だとジョイスはため息をついた。
「まったくもう。そんなだから駄目だと言ってるんですよ」
乳母の息子であるジョイスは幼い頃からバーナードが女性たちから追いかけられてはそのすべてを嫌悪し撥ねつける姿を見てきた。
彼が唯一自分から近づいたのは、妻としたヒルダだけだ。そうして今もそれは変わらない。筈なのに。
「なんであんな分かり易い地雷女を、今更近づけたりするんですかねぇ」
昼休みに入ったからというのもあるのだろうが、嬉々として閣下という敬称を外してみせたあの笑顔の裏に隠している醜い欲望が何故分からないのか。ジョイスには不思議なくらいだ。
店のロゴが入った厚手の包装紙に、張りのあるシルクとレースで二重にかけられたリボン。ラッピングを見ただけでも庶民どころか下級貴族ごときにも無縁の超高級店のものだとすぐにわかる。
中の音は軽いのに、品物自体はそれなりの重さがある。それだけ包装資材にも金がかかっているということだ。
こんな高価なプレゼントをランチのお礼だと、既婚者へ、それも就業中に嬉々として持ってくるような女性が信用できる訳がないというのに。
「何を言う。ウチの自慢のシェフの味を共に絶賛する舌の持ち主だぞ」
「我が主のその感覚には、往々についていけない時があります」
ここまで言って、何故分からないのだとジョイスは自分の主人に向かってもう一度大きくため息をついた。




