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3.



 茹でた豆とチーズ、そしてベーコンが刻んで混ぜ込まれたオムレツはふわふわで、食材それぞれの食感が楽しい。そうしてフルーツのように甘いトマトがまるでソースのように口の中ですべての食材を一体と化してくれる。


「おいしいです!」

「だろう? こっちの冷製鴨肉のも美味しいんだ」

 勧められるまま、手を伸ばして頬張った。

「本当ですね。玉ねぎのソースが絶妙ですね」


 その他、クリームチーズにリンゴの甘煮が混ぜ込まれたクリームが乗ったビスケットも、マスタードの効いたミートパイも、胡瓜の薄切りにバターソースを絡めスモークサーモンで包んだものも。すべてが妙なる天上の味わいでヘイリーがこれまで口にしたこともないような天上の味わいだった。


「これが、オルソン様ご自慢の味」


 噛みしめるごとに口の中に広がる“おいしさ”という感動に、ヘイリーは胸が震えた。


「旨いだろう? 私はこれ以上に美味しい食べ物を他に知らない」


 そう言って、先ほどお気に入りだと言っていた鴨肉を頬張ると、目を伏せ、幸せそうに噛みしめ堪能している。その長い睫毛が頬の上に影を作る様子に、ヘイリーはそっと気づかれないように気を付けながらうっとりとした視線を投げかける。


 こんな風に、麗しきバーナード・オルソン侯爵の私生活を、いつも傍で見つめることができるようになりたい。その権利を手に入れたい。そんな想いが胸に渦巻く。

 だがそれをあからさまに表に出すのは、稚拙な小娘のすることだ。それくらいヘイリーにも分かっている。

 一歩目は踏み込んだ。食事を共にすることを許され、就業時間中ではないということを盾に、閣下という敬称ではなく様付けで呼んでみた。そうしてそれは幸運にも許された。


 次は、この特別扱いをこの一回で終わらせない方法を考えなくてはならない。


 だから今はこのランチを気安い楽しい時間として共有することに努めることだ。再び特別な時間を共にするためにも。そっと心を引き締める。


「ご馳走さまでした。なんてことかしら。あまりのおいしさに食べ過ぎてしまいました。今日はもう夕食なんて一口だって入らないと思います」

「ははは。それほど美味しいと思ってくれたなら誘った甲斐があるというものだよ」

 自慢のシェフを賞賛したヘイリーの言葉を、バーナード・オルソンは嬉しそうに受け取った。

「ご馳走様でした、オルソン様。人生でもっとも美味しいランチでした」

「私の自慢のシェフにもそう伝えておこう」


 結局、食べやすい一口サイズのフィンガーフードのランチでは制服を汚すようなことにはならなかったので着替えの必要はなく、ヘイリーはそのまま午後の仕事に出た。


 だが、美味しすぎて食べすぎたからだろうか、午後の仕事にはまるで身が入らなかった。


 食事そのもののおいしさもある。だがなにより、バーナード・オルソンと過ごした時間が素晴らしすぎたのだ。


「本当に……夢みたいな時間だった」


 綺麗な長い指が、カラフルなフードを摘まみ上げ口へ放り込む様を思い出すだけで、頬が緩む。


「会話も弾んだし、柔らかな水色の瞳に自分が映り込んでいるのが分かるほど、近くで食事を」


 真面目に仕事をしなければ、と思うものの、くふっという笑いがついて出る。


 その無造作なはずの動き一つ一つの美しさを思い出すだけで、身の内に熱と震えが生まれるのだ。

 まるで平民のように、ナイフとフォークを使わずに手づかみで口へ運ぶ気取らない食事。

 それなのに気品と色気すら感じさせる姿を目の当たりにして、ヘイリーは夢を見てしまった。


「ううん。夢でなんか、終わらせないわ」


 レストランに連れて行って貰うことも、オルソン侯爵家へ招待されることも叶わなかった。だがバーナードと二人きりでランチができた。それでヘイリーは満足できたかというと、むしろ一度夢見てしまった分、まるで足りないとしか思えなくなっていた。


「バーナード様は、女嫌いで有名だった御方。今は確かにご結婚されているけれど、学生時代からの偽装恋人とそのまま白い結婚を約束されて婚姻したというのは有名な話。その証拠に、奥様のご実家は窮乏された子爵家でしかないし、まだお子様もいない。しかもいまだに夜会にエスコートされたこともないというわ。ならば、同じ下級貴族である男爵家の私にだってチャンスはあるということ」


 ヘイリーは男爵家の令嬢だ。けれど自分の努力で王宮事務官の資格を取り、こうして誰もが認める地位を掴んだ。仕事の上でも認められている。


 同じ白い結婚を結ぶにしても、ヘイリーの方が条件として悪くないのではないだろうか。

 勿論、白い結婚ではなくても構わない。むしろ白い結婚ではない方が、嬉しいくらいだ。


 確かに、ヘイリーも高位貴族のご令嬢たちのような嫋やかさは持っていない。けれど、それ以上の価値を努力で得たと自負している。仕事上の伝手もあるし見聞も広い。


「確かに、侯爵家のお抱えシェフの作る料理はおいしかったけれど、美味しい物に目がないと分かったからには、珍しくて華やかで、美味しい物を贈ることにしましょう」


 共通の話題を作り、会話を増やす。そこから突破点を得るのだと、そう狙いを定めた。




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