2.
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笑顔で誘うオルソンの水色の瞳がヘイリーだけに向けられている。
普段見せている厳格な宰相としてのものとはまるで違う表情に、ヘイリーは高鳴る胸のときめきを表情に出さぬよう懸命に奥へと抑え込んだ。軽く咳払いして胸に溜まった熱を胡麻化し、一度は断りの言葉を口にした。
「嬉しいです。でも私、制服のままですし。午後も仕事が」
「では、制服が汚れないように配慮しよう」
「えっ、でもそこまでしていただくのは申し訳がありませんわ」
まさか、着替えを用意してくれるというのだろうか。女嫌いという噂があるけれど、そこはさすが侯爵家当主ということだろうか。女性に対するフォローのスケールが違うとヘイリーは舞い上がった。
そんなヘイリーに頷いたオルソンが、後ろで書類の整理を手伝っていた侍従へ声を掛けた。
「という訳でジョイス、今日の昼食は彼女も共にすることになった。なので」
「お飲み物と、もし制服が汚れてしまった時のために着替えの制服を用意しておきます」
「ありがとう。我が侍従は十を言葉にする必要もないな」
「お褒めに預かり光栄です」
いかにも侯爵家の使用人という綺麗な所作で、侍従がオルソンの言葉に頭を下げた。
そうして、ジョイスと呼ばれた侍従はテキパキと応接用のソファー席へランチボックスの中身を広げていく。
「お弁当を、お持ちでしたのね」
少し呆然とした思いでその様を見る。
「あぁ。安心して欲しい、ちゃんと君の分もある」
確かに並べられていく食事は一人分にしては種類も量も十分すぎるほど豊富であった。そのどれもが仕事中でも食べられるようになっている。一口大になっていて片手で摘まんで食べられるように配慮されていた。
しかも見た目も美しい。
すっかりセッティングを終えた侍従が、ヘイリーに訊ねる。
「お嬢様は、果実水と紅茶、そしてハーブティーのどれがお好みでしょう」
「オルソン様は、何をお飲みなのですか?」
ヘイリーは、問いかけられたジョイスではなく、オルソンへ顔を向けて話しかけた。
ジョイスの眉が、一瞬だけ、不快気にびくりと動いたが、それにヘイリーは気づかなかった。
「ハーブティーだな」
「まぁ。男性がハーブティーを飲まれるなんて珍しいですね」
「実は仕事が忙しすぎて体調を崩していた時に、ウチのシェフから勧められてね」
苦笑しつつ答えたバーナードがヘイリーに向かって手を差し伸べる。
それがエスコートであるということに気が付いて、たとえごく至近距離だとしても憧れの宰相からエスコートしてもらえるということにヘイリーは興奮した。緊張しつつ手を添えると、そのままセッティングがあらかた済んだ席へと導かれる。夢心地の気分でヘイリーは笑顔で頷いた。
「そうなのですか。ではオルソン様と同じ物を、私も飲んでみたいです」
ジョイスはオルソン侯爵家当主の侍従として相応しい所作で頷くと、丁寧にハーブティーを二人へサーブして一旦執務室を出て行った。着替えの用意を手配しに行ったのだ。
「さぁ、遠慮なく味わってくれ」
「ありがとうございます」
テーブルの上に並べられているのは色とりどりのフィンガーフードだった。
肉や薄切りのパンなどを土台に、野菜やチーズをふんだんに使ってあり、種類も豊富で、軽食でありながらとても華やかだ。
立食パーティーに用いられることが多いフィンガーフードだが、その食べやすさからピクニックなどに持っていく貴族も増えてきていた。
「どれもとても綺麗で、どれから食べたらいいのか迷ってしまいます」
「ははは。全部味わって堪能してくれたらいい。美味しく食べてくれたなら、ウチの自慢のシェフも喜ぶ」
「まぁ。でも、全種類食べたら太ってしまいそう」
「美味しく食べれば大丈夫さ」
これまでずっと厳しい表情しか知らなかったオルソン宰相とのランチ。勢いで誘ってしまったけれど、思ったよりずっと会話が弾んでいることに気を良くしたヘイリーは、高級なレストランでも侯爵家への招待でもなかったことも一旦飲み込むことにして、まずはこの場を楽しむことにした。
女嫌いとして有名な若きオルソン侯爵家当主バーナード・オルソンと二人きりで食事を摂った令嬢の話など、噂ですら聞いたことはない。十分特別な時間だ。
それにしても、本当に美しい御方だ、とヘイリーはこっそり対面に座るバーナードを盗み見て悦に入る。
常ならば冷たそうに見える水色の瞳が、柔らかな光を帯びてヘイリーに笑いかけている。
ついポーッとなってしまいそうになるのを誤魔化すように、テーブルの上に広げられている美しい食事たちに手を伸ばした。
一番近くにあったカラフルなオムレツとフルーツトマトのものを選んで急いで手に取り、口へ運んだ。




