23.
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強張って見えたのは気のせいだったのかもしれない。笑顔のジョイスさんが、私の座る椅子の背もたれを指でつつつ、となぞった。
「そうですか。ヘイリー嬢は、私の恋人は幸せになれると思ってくださるのですね」
ジョイスさんの問いかけに、こぶしを握り締めて力いっぱい肯定した。勿論、当たり前のことだ。
「はい! 絶対です」
こんなにおいしいものを作ってくれる恋人とか最高じゃないかしら。
ジョイスさんは糸目だけれど、別に不細工じゃないし。むしろ糸目の割に顔は整っていると思うし、スタイルだって細身ですらりとしている。
普段はオルソン閣下のような眩しいほどの完璧な造形美の横に立っているから目立たないけれど、清潔感もあるし。きっとモテると思う。
「うらやましいくらいです」
なにより、おいしいは正義だものね。男女問わず、おいしい物を作れる人はすごいと思う。
きっと私のためじゃなくて、好きな人のためなら、もっとおいしく作れるんだろうなぁ。くっ。
何故か胸がつきんと痛む。あぁこれあれだ。自分を刺しちゃった感じかしら。
私もヒルダ様の下に修行にでるべきなのかも。
「では、私と結婚した女性はどうでしょう。幸せになれると思いますか?」
そう訊ねられた時、どきっとした。
でもそれを表に出すのがなんだか癪な気がして、全力で微笑んでみせた。
「もちろんですよ」
自然に笑えているだろうか。言葉が硬くなかっただろうか。
目の前が一瞬だけ暗くなって、また明るくなった。なんだか視界がぼんやり見えるというか。世界が明滅してるように不安定だ。
あぁそうか。これもきっと、二日酔いの症状の一つなのかもしれない。
ジョイスさんにいろいろ作って貰ったお陰で改善した気がしていたけれど、それでもまだ症状が残っているんだ。うん、きっとそうに違いない。
また心配を掛けないように、今は元気に笑わなくちゃ。
「ジョイスさんの奥様になられる方がうらやましいです」
「へぇ、うらやましいんですね」
明滅を繰り返している視界に目を開けているのが辛くなっていく。それでも私は、目を細めてしまう自分を誤魔化すように、視線を下げながらへらへらと笑った。
「ふぅん。なら、いいですよね?」
「えっと……何について、でしょうか」
「約束、しましたよね」
「えーっと、そういえば?」
重ねて言われれば、なんとなく、何か約束を交わした気がしてきた。
でもぼんやりとした記憶しか思い出せなくて、何を約束したのかなんてまるで思い出せなくて頭を抱える。
「約束、守ってくださいね」
「だからその、お約束というのは」
重ねて問いかけても、ジョイスさんからは笑顔しか返して貰えなかった。詳しいことは、なにも教えてくれないままだ。
もっとヒントをくれないだろうか。
いいや、約束した内容をそのまま教えてくれてもいいのに。
なのに、ジョイスさんは話は終わったとばかりに私から視線を外すと、父の方を向いて「あの話は進めてしまっていいですよね」とか言っている。仕事の話でも始めたようだ。
勝手に会話を切り上げてしまうなんて酷い。ぷんすかと怒っていると、なにやら父とも揉め始めた。
「いや、でも本当によろしいのですか。勢いで決めるのはお勧めできません」
「幸せになってくれるんでしょう? なら、十分です」
笑顔で押し切ろうとするジョイスさんに、兄まで参戦して止めに掛かっている。
「後悔しても知りませんよ。返品不可ですからね? だって、ウチの妹ですよ? 料理もできないし、裁縫だって工作程度にしかできませんよ?」
「使用人として迎えたい訳ではありませんから」
「使用人?」
なんの話をしているのだろう。オルソン侯爵家との、仕事の話ではないのだろうか。
仕事の話であるならば、あまり聞き耳を立てるのも良くないと分かっている。
けれど、これほど近くで会話が交わされているのだ。聴こえれば気になってしまうしまうのは仕方がないではないか。そーだそーだ、当たり前なのだと半ば開き直って、そのまま会話に集中する。
「あぁ、そうよ」
思い出した。そういえば、前にオルソン侯爵家で一緒に働かないかと誘われたことがあったわ。
あの時ちゃんとお断りしたけれど、酔っぱらって気が大きくなった私は、昨夜もう一度誘われて受け入れてしまったのではないだろうか。
それで、気が変わらない内にと早朝からジョイスさんは来てたのね。
「間違いないわ。だって、使用人って聞こえたもの……あら、でも『使用人として迎え入れたい訳じゃない』って言ってたような?」
やっぱり聞き間違いなのかしら。では、何と言っていたのかしら。
「うーんうーん。使用人としては最高の待遇をお約束……全然語呂が合わないわね」
悩んでいると、ジョイスさんから声を掛けられた。
「ヘイリー嬢。昨夜の約束、守って下さいますね」
真面目な声だった。まっすぐに、見つめる瞳が、いつもよりちょっぴり開かれていて、そこから覗く茶色い瞳が誠実な輝きを湛えている。
「あの。そのっ、ご、ごめんなさい!!」
差し出された手を前に、私は深く頭を下げた。




