19.
■
「ううう。なんでかしら。気持ちの良い朝だというのに。頭が重いわ」
カーテンの隙間から差し込む朝日が憎い。
昨日は、前もって立てていた作戦通りに昼のガーデンパーティーでは動けたし、ゴミムシはオルソン閣下自らオーバーキルを決めてくれてスッキリ排除してくれた。
そうして何よりヒルダ様の素晴らしいお料理を堪能できて最高の一日だった、筈だ。
「それにしても、さすがに食べ過ぎたわね。ガーデンパーティーは立食だったから、食べ放題してしまったし。ゔぅ。胃がむかむかする」
それでも晩餐会の食事を残すなんて思い付かなかったから、ぜぇんぶ綺麗に食べた。それが駄目だったのかもしれない。
「今日、特別休暇を申請しておいて本当に良かった」
本来ならば朝から出勤だった。
王宮に勤める者は基本的に5日勤務すると1日休める。特別休暇が年に20日認められているけれど、買い取りして貰えるので実際に全日取得する人の方が少ないくらいだ。
昨日は5勤の後の普通のお休みを合わせた。そうして今日の特別休暇では、昨日の幸せを反芻して堪能する日にするつもりだったのだ。
「絶対に仕事にならないとは思っていたからなんだけど……うえっぷ。現実が、理想とかけ離れすぎてる。ううう。情けなさ過ぎ」
このままベッドに潜っていても体調が良くなることはなさそうだった。
この家には、ベッド脇に水差しを置いてくれる使用人もいない。ましてや紅茶をベッドに運んでくれるような生活もしていないヘイリーは、水分を欲して、よたよたとベッドから這い出した。まずは寝間着から着替える。
「とりあえず濃いお茶でも飲んで落ち着こう」
そういえば、昨日は帰ってきてすぐに寝てしまった。
父はともかく母からは侯爵家のパーティーについて色々聞かせて欲しいと言われていたのに、ろくに会話すらせずに部屋で寝てしまった。
それでも、ドレスも脱いできちんと化粧も落としてあったので問題はない。
「うーん。でもなにか、とても大切な何かを忘れているような気がするわね?」
重い頭を手で押さえながら、よろよろと廊下を進む。
イブニングドレスも、あの子爵夫人のせいでほつれが出来てしまったデイドレスの上着も、侯爵家の有能な侍女のお陰で綺麗にリペアしてもらった。つまりすべて無事ということだ。問題はない。
筈なのだが。
「おはよう」
食堂の入口に立ってできるだけ普段通りに朝の挨拶をしたヘイリーを、家族がそろって振り返った。その顔はどれもそわそわとしていて、顔色も悪かった。挨拶が返ってくることもない。
「あら、皆どうしたの? 顔色が悪いわよ」
訝しみながら、自分の分の紅茶を淹れる。できるだけ、うんと濃くして目を覚まさなければならない。
「ヘイリー、この状況で、あなたはなんでそんなに普通なの!」
母に詰められ、目を瞬く。
「え、なに? どうしたの、おかあさま」
「お前、オーツ子爵令息さまとはどういう関係……いや、いつからお付き合いをしていたんだ」
自分の分のお茶を淹れている後ろから、知らない男性との関係を問い詰められてぽかんとする。
「オーツ子爵令息って?」
知らない名前だった。王宮内には人が多いが、仕事関係にオーツという家名の人など居ただろうかとしばし考える。けれど、似た名前の人も、誰の顔も、まるで思いつかなかった。
「知らないわ、そんな方」
「ばっ、ヘイリー、お前っ!」
父と母の顔が真っ青になる。さらに横から兄からまで罵声を浴びせられて本気で戸惑う。
頭が痛いと言っている場合ではないようだ。真っ青な顔をしている家族が本気で心配になる。
「え、なに。お兄様までどうしたの?」
母は大きく開けたままの口を両手で隠しているし、父は真っ青な顔を横に振っている。兄は額に手を当ててため息をついている。
なんで? 首を傾げていると、後ろから、コポポポポと、紅茶がカップへ注がれる音がした。
「幾らなんでも、それ以上蒸らしていたら苦くなりすぎますよ」
「あら、ありがとう、ございま……え、なんでジョイスさんがこんなところに!?」
ガツンと濃く淹れたつもりだったので、カップの中は真っ黒だった。
注いだ紅茶を見つめている顔の眉間には盛大に皺が寄っている。
オルソン閣下のために紅茶を淹れているのは、いつもジョイスさんだった。
きっとこの濃さが気に入らないのだろう。
「朝から少し頭が重いというか痛いというか苦しいというか。なんかもうそういうの全部吹き飛ばしてやろうと思って、特別濃ゆ~く淹れたんです」
今朝だけですよーとアピールしたものの、紅茶を注いだカップを手渡してはくれなかった。
受け取ろうと差し出したが辛い。
そんなに紅茶の正しい淹れ方に拘りを持っているとは知らなかった。
確かにジョイスさんに淹れて貰った紅茶はおいしかったけれど、でも、人には正しさ以外を選び取りたくなる時というものがあるのよ。
「たしかに、朝だというのに顔色が悪いようですね」
じーっと観察されて、なんだが恥ずかしくなる。
あ、そういえば今の私は部屋着だ。化粧もしてないし、そもそも髪の毛にちゃんと櫛すら通していないことに気が付いて慌てる。
「そ、そうなんです。なんだか頭が重くて、胃の当たりが、こう……むかむかするというか」
体調が悪いから身なりに気を配っていられないんですよーとアピールする。
あれ? でもここは私の家だ。寝坊したとはいえ、まだ父と兄が出勤前ということは、朝と言ってもいい時間な訳で。
あれ?
「あぁ、やっぱり。ヘイリー嬢。それは二日酔いでしょう」
「え? この症状って、二日酔いなんですか」




