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18.



 何度も口を開けたり閉めたりを繰り返す。


「とんでもない! 違うんです、ヘイリー嬢」

「す、すみませ……ん」


 目にたまった涙のせいで視界がゆがむ。

 涙が目の縁を超えそうになり惨めさに震えが止められそうになかった。


 今にも引き出物を取り落としてしまいそうなヘイリーの手の上に、大きな手が重なった。


 その温かさに、入りすぎていた手の力がふっと抜ける。


「違うんです。ただ私は、ヘイリー嬢から、これからも女性ならではの視線についてご教授頂けたら、と思っただけなのです」


 いつもどこか飄々とした侍従が、真剣な表情でヘイリーを見つめていた。

 言葉を一つ一つ選んで口にする。


「え、……?」


 ヘイリーの冷たくなった手に重ねられた大きな手に、ぎゅっと力が籠められて、心臓が飛び跳ねた。


「どうか、これからは私にも、あなたとの時間をいただけないだろうか」


 トクトクと胸の鼓動がうるさくて、思考がままならない。

 それでも、ヘイリーはまた勘違いな行動だけは取りたくなかったので、懸命に考える。そうして言われた言葉に気が付いた。


「え、あ……あー、あー! 情報収集!」


 ヘイリーは、勘違いせずにギリギリで気が付けた自分を褒めたかった。

 だが、そもそもそんな勘違いをあっさりとしてしまう、自惚れ屋の頭が良くない。駄目すぎだと自嘲した。我慢していた涙がぽろりと零れ落ちてしまった。


「やだ。ごめんなさい。なんで涙なんか」


 慌てすぎて引き出物から手を離してしまいそうになったヘイリーの手を、ジョイスの手で抑えられた。


「駄目です。指で擦ったりしたら、赤くなってしまいますよ」


 ポケットから出した白いハンカチでそっと目元を押さえられる。

 その優しい動きに、ヘイリーはくらくらした。


「女性に対して近すぎませんか。誤解されますよ」


 すでに誤解しそうになっている自分を誤魔化すように、ヘイリーは横を向いた。少し強い口調でジョイスを咎める。


「誤解ですか。……誤解ではない、と言ったら?」

「え?」


 思わず視線を上げた先で、ジョイスのいつもどこを見ているのか分かりにくい、細い目が光って見えた。


 まっすぐにヘイリーを見つめながら、ジョイスがゆっくりと言葉を紡いでいく。


「あなたの時間を、ヒルダ様だけでなく、私にも、分けて欲しいのです」


 どう考えてもこれは……いやそうではない、きっと別の意味だと懸命に違う意味を探そうとしているのに。そうとしか聴こえないジョイスの言葉に、ヘイリーは焦った。


 自分が不純すぎるからそう聴こえるだけなのだと、必死で心を落ち着かせて思考を巡らせる。


「え……あ、あぁ! あー、あれですね、王宮内の噂を知りたいということですよね!」


 なんとかひねり出した答えに、何故だか吹き出されて、息がつまった。


「では、まずは、そこからでいいです」


 笑顔で優しくそう言われて、どうしていいのか分からなかった。


「……は、はひ」


 ()()って言った! ()()って言った!! と騒ぐ頭の中をヘイリーは懸命に抑え込んで、ぎくしゃくと了承の頷きを返した。


 晩餐会中、ヒルダ様の料理への感動に打ち震え悶えすぎたせいなのか、手を叩きすぎたせいなのか、それとも今頷いた際の動きが大きすぎたせいなのか。もしかしたらその全てのせいなのかもしれないが、晩餐会前に侯爵家の侍女の手を借りて綺麗に結い上げてあったヘイリーの前髪がほつれた。


 黒い髪が、目の前で揺れた。


「あ」


 抱え込んだ引き出物から手を離すこともできず、狼狽えることしかできないヘイリーの手へ先ほど目元を拭いてくれたあのハンカチが押し込まれる。その替わりに引き出物が取り上げられた。


「ヒルダ様特製の菓子の詰め合わせですから。落としたら後悔しますよ」


 そう言いつつ、ジョイスは、ヘイリーの黒髪を耳へと掛けて直してくれた。


「あ、りがとうございます」


 頬が熱くてたまらなかった。思わずぎゅっとハンカチを絞るように握りしめる。


 ジョイスは意味ありげに笑って頷くと、ヘイリーの引き出物を持つ手とは反対側、もう片方の手を差し出してくれた。


「さぁ、馬車へ。主から家までお送りするよう申し付けられております」


 感謝なのか感動なのか、胸がいっぱいいっぱいになったヘイリーは、差し出された白い手袋がはめられた手に、そうっと自分の手を重ねたのだった。


 馬車までほんの数歩なのに、遠い。

 ヘイリーは、どきどきと跳ねる心臓の音が横にいるジョイスに聞こえてしまわないよう祈った。そうしてそれはちゃんと叶ったようだ。


 オルソン侯爵家の紋章が入った美しい黒塗りの馬車に、ジョイスのエスコートで乗り込む。


「ありがとう、ございます」


 馬鹿の一つ覚えのように繰り返している──そう思っても、それ以外の言葉が見つけられない。


「このまま同じ馬車に二人で乗り込んでしまいたいところですが、既成事実で丸めこむのは好きではないので。今日は御者席に座りますね」


 さらりとジョイスはそう告げると、エスコートする手を離す際に指先へ唇を寄せる。


 そのまま扉を閉められて、家にたどり着くまでの間、馬車の中で一人ヘイリーは何度も何度も頭の中で響くジョイスの言葉に、呆然自失状態で家に送り届けられたのだった。






ここで本編完結ということで♡


以下番外編ですー

引き続きよろしくお願いしますー♪

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― 新着の感想 ―
ロ・マ・ン・ス♡ 勘違いしないよう頑張るヘイリーさん、自分は可愛くないと思ってるのでしょうか。背が高いからって今までになにかあったのかしら?侯爵様に挑んだ気持ちを思い出して~! ジョイスさんの押せ押せ…
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