16.
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感動がまだ消えぬヘイリーの前へ次に提供されたデザートは、あのチョコレートケーキだ。「これだけは外せない」とリクエストしたのは、勿論オルソン閣下だ。
フォークを入れると中からあたたかなチョコレートが流れ出る。
ケーキは、まだ温かかった。
あの塊で入っていたチョコレートだ。あれが溶けだしているのだと気が付いて、大きな塊を、頬張った。
婚約者もいない未婚の令嬢が、正式な晩餐会でしていい食べ方ではないが、我慢ならなかった。
「おいひい」
至福。それ以外の何物でもない最高の幸せが、口の中にあった。
締めは最近この国に入ってきた珈琲と、ギモーヴだった。
勿論このギモーヴもヒルダ様が作ったものだ。ホワイトチョコレートでコーティングされた葡萄のギモーヴは、ヘイリーが贈ったものより優しい味わいで、ヒルダ様らしい味がした。
「幸せすぎる」
主催者席で見つめ合いながらデザートを味わうオルソン侯爵夫妻。
その姿を見て、今も白い結婚疑惑を口にするような野暮な者は、もういない。
招待客を見送るオルソン侯爵夫妻へ挨拶をする列は長蛇となっていた。
一人ひとりが夫妻へ告げる礼の言葉が長いのだ。
ある者は晩餐がどれほど素晴らしい物であったのかを美辞麗句を尽くして語り続けたし、夫人の身に着けたドレスや宝飾品のすばらしさを讃嘆する者もいたが、彼らは皆、最後に必ず、「閣下がこれほど愛妻家だとは思いもしませんでした」と笑って言った。それが最高の収穫であったと笑顔で付け加えて座を辞すところも同じである。
つまり。
「私の作戦は大成功ということですね」
「あぁ、世話になった。お陰で、ヒルダを好きなだけ着飾ることもできた。ありがとう」
ふんすと自慢げに告げたヘイリーに、妻から視線を離さないまま礼を告げるオルソン閣下の後ろで物言いたげな侍従も頭を下げる。
「お席で、美味しそうに食べていらっしゃるヘイリー様のご様子を見ていると、心が落ち着きました。ありがとうございました」
オルソン閣下の理想というか妄想というか、独占欲そのもののような自分の色をこれでもかと使った豪華で美しいウェディングドレスを身に纏ったヒルダ様がはにかんだ笑顔を浮かべる。
多分きっと、いいや間違いなく、ヒルダ様の性格なら今日の晩餐会の食事に満足してもらえたのかどうか参加者からの声が聞こえない席で上品に座っているのはとても苦行に違いない。
高位貴族というものは、あまり表情に気持ちを出さないものなのだ。
不味くても笑顔で食べきることを良しとする方たちを相手に、食事の用意をするのは、いくら侯爵家の料理人がサポートしてくれているとしても怖かっただろうなーと容易に想像できた。
「どの食事も、デザートも、とても美味しかったです。すべてが天上の味でした」
「褒めすぎですわ。でも、ありがとうございます、ヘイリー様」
「私だって、ヒルダの作るものはどれもすべてが天上世界の食べ物だと思っている!」
「ありがとうございます。バーナード様からそう言っていただけるから、もっとおいしい物を作れるようになりたいって。がんばれたのです。あなたに逢えた幸運に感謝しています。毎日」
割って入って妻を褒めちぎる夫の図についても、かなり見慣れた光景となったヘイリーだ。
でも見飽きたとは思わない。
「私こそ、ヒルダに出会えた奇跡に感謝している」
「旦那さま……」
頬を上気させたヒルダ様はとても愛らしくて大変よろしい。眼福である。愛し合い慈しみ合う夫婦というものはとてもいい。至高の存在である。
ずっと見ていたい幸せな光景だとヘイリーは打ち震えた。
金で買って領地に押し込めるような愛のない結婚であるならば、その哀れな妻を解放することにだってなると思っていた。
馬鹿だった。自分で事実を確かめた訳でもないのに。噂だけで決めつけた自分が恥ずかしい。
幸せな夫婦の笑顔を守る側となれた奇跡に、感謝した。
「いつか、私もお二人のような結婚をしたいです」
今、心からそう思える自分が誇らしくあった。




