2.一番大切な存在
手を伸ばして、深琴の袖を掴む。
振り返った深琴に、唾を飲み込んで湿り気のある媚びを含んだ声色を出した。
「ありがとう、深琴」
上目づかいに深琴を見つめると、切れ長で迫力のある目を大きく見開いていた。
「あ~……、あーあーっ! くそぉ!」
掴んだ袖とは反対の手で、深琴は顔を隠して天を仰ぐ。
こうして深琴を振り回す対応が、今の私の正解なのだろう。
向き合いを変えていかなければ先の道は厳しいと、不服だが気付いてしまった。
乙女の心より優先すべきことはある。
姉妹たちに心配をかけないため、心を砕いて夫婦の旅をするのがいい。
旅の資金源も、あやかしからの襲撃も、荒くれものからの盾としても、利用すればいいんだ。
絶対にこれ以上の貞操は奪わせない。
乙女としての尊厳を守りながら、女を利用してやる。
そうすればきっと深琴は役に立ってくれる。
すべて私が使命を全うするための手段だ。
(こんな女の子になりたかったわけじゃないのにね。……嫌になっちゃう)
それでも譲れないのは使命。
もう失敗はしない。
私にとって一番大切な存在は姉妹たちだ。
姉妹たちを二度と裏切らないためならば、いくらでも自分を削っていく――。
街の散策を終えて家に戻ると、守里は夕飯の支度で台所に立っていた。
「守里ちゃん! 手伝う!」
「もうすぐ出来るから大丈夫よ。それより、店前に遊佐さんがおるから顔出してあげて」
遊佐とは、家主のことだ。
守里に安全を提供してくれた善人……と思いたいが、守里に恋しているという意味では下心がある。
それでも守里は「大丈夫」と判断してこの場所にいるのだから、私が言及する必要はなかった。
私に引っ付いてくる深琴を剝がし、遊佐に挨拶に行こうと小走りして店前に出た。
「あの……」
「わっ! って、あぁ。守里さんの妹さん。戻ったんだね」
店にはたくさんの武器や調理器具といった鉄素材のものが並んでいる。
ちょうどそれらの在庫管理をしていたようで、私が声をかけると集中が切れて驚きに声をあげていた。
「すみません。お仕事中に」
「ちょうど終わったところだから気にしないで。にしてもよかった。無事に姉妹が再会できて安心したよ」
守里がよく姉妹の話をしていたらしい。
目を覚ました後も姉妹を思っていてくれたことが嬉しく、私の胸はぽかぽかだ。
深琴もこれくらい穏やかで謙虚な人だったらよかったのに、とまたムカつきが浮上してしまう。
盾にはすると決めたが、深琴自体の危険性が軽減されるわけではない。
なんとか対策しなくては、と考えたところで辺りを囲む武器が目に入った。
「刀に興味でも?」
遊佐が朗らかで明るい声で私に問いかけてくる。
「いろんな武器があるんだなぁって。見たことがない形もあって……」
刀は見慣れたものもあるが、槍に似た武器もある。
「そうだなぁ。まぁ。最近はもっぱら包丁だなんだと日用品ばっかりさ」
昔と違って武器に需要がない。
帯刀することが許可された人間でないと捕まってしまう世の中だそうだ。
かつては有名な武士に刀を鍛えた歴史ある店らしいが、今はほぼ研ぎ師だと遊佐は自分を卑下するように笑っていた。
「今は侍がいないのですか?」
「う~ん、そうだね。今は軍人と呼ぶかな」
「軍人……は武器をもってもいいのでしょうか……」
私のささいな疑問にも遊佐は丁寧に答えてくれる。
なんと誠実な人なのか。
深琴もこれくらい……と思ってむなしくなり、心を閉ざす。
「戦うことが役割だからね。……でも隠して持ってる人はまだまだいる。ほら、キミの旦那さんもそうじゃないかな?」
からかわれて「旦那じゃない」と唇を尖らせた。
この唇を奪われた時から意識するたびに思い出す。
何をしても深琴のお茶らけた笑顔が過り、すべてを蹴散らしたくなった。
「というか、深琴は許可されてない人なんですか?」
「う~ん。今は軍人以外、持っている人がいないからねぇ。それなりに事情はあるんじゃないかな?」
深琴は腰に二本の剣を差していた。
私は眠っている間で世の中の考え方が変わったことを理解していく。
武器だけでなく、人々の生活そのものがカラフルになった。
守里は以前のまま、質素な薄桜色の小袖を着ている。
髪をうなじでお団子に丸めているのも変わらない。
やわらかい目元はいつも微笑んでおり、荒れすさんでいた私には救いとなっていた。
(守里ちゃんは前より幸せかな? だったら少しでもその時間を過ごしてほしい)
八人姉妹の中で守里は身体が弱く、村からほとんど出ることがなかった。
今の私は勾玉を探して旅をすることにしたが、守里にはそれが難しいことも理解している。
だから余計に今、ここに残って幸せを見つめ直す時間を持ってほしかった。




