2.自分を傷つけるな
「まず一つ。何であんな山奥で眠ってたんだ?」
「ごふっ!?」
気管支に唾液が流れ込んでしまい、乙女の欠片もないむせ方をする。
「おいおい、大丈夫か? ほら、水飲みな」
勧められるがままに水を喉に流し込む。
気管支の痛みが取れるわけではなかったが、正しい場所へ流れていく水に気道は確保された。
一息ついて、生理的に緩んだ涙腺を抑えようと瞬きを繰り返す。
「あなたは八ツ俣を封印したって言ったけど。半分正解。……封印しきれなかったのよ」
「しきれなかったって……」
眠りにつく前の、八ツ俣を封じるための儀式を思い出す。
八ツ俣の恐ろしさなんて日々拡大する水害でわかっていたはずなのに。
何よりも大切な姉たちが倒れていく光景に怯んでしまい、すべてを台無しにした。
「今度こそ、八ツ俣を完全に封じる。そのために、封印が壊れる時まで眠りについていた。それだけよ」
壊れかけのものを今度こそ完璧なものにするために。
それが私に出来る贖罪。
姉たちを巻き込む結果になったことは、酷くずっしりと胸に鉛を抱えるけれど。
「勾玉は? 姉さんたちが持っているのか?」
「そう。……どうしてか、私の勾玉は見当たらないのだけど」
守里に再会して、姉たちの手に勾玉が渡っていることは察した。
けれど自分の手元にはない。
姉たちから勾玉を集めていき、八ツ俣を封印するまでの時間は自由に過ごしてほしかった。
だが肝心の私の勾玉がない状態では、完全な封印を施せない。
懸念点が多すぎて口にも出せず、追い打ちをかけるように深琴との結婚問題が浮上して頭が破裂しそうだった。
「あ……んたは何で、勾玉を探しているの?」
深琴は“勾玉を探している”と口にした。
それが私との巡り合わせにも繋がったのだろう。
いったいどこで、深琴と出会って結婚に至る流れになったかはまったく見当もつかないが。
「前に話した通り、水害が発生したりと不安定なのよ。その原因を封じる必要があって、オレの村の巫女様に勾玉を集めてほしいって言われたのさ」
(巫女様? 一体誰のこと?)
どう考えても怪しい発言に疑いの眼差し以外向けるものがない。
「なんであなたが探すの? 他の人でもよかったじゃない」
「あー……オレが村一番のいい男だったから?」
急速に心が冷えていく。
今、深琴は一番誤魔化してはいけないところを隠した。
すでに何度も私の心を凍てつかせてきたが、まだ冷える要素があったようだ。
「もういい。あなたも私も勾玉を探し中というわけね」
「そういうこと。穂乃花のこともいろいろ聞かせてくれよな」
深琴が秘密のままにしているくせに、私には開示しろとは鬼畜な奴め。
だがここは私が折れるしかない。
今は少しでも情報がほしい。
一刻も早く勾玉を集めて、八ツ俣を封印して、静かに眠りたいから。
「私、八人姉妹なの。本当なら八ツ俣を封印するために人柱として終わるはずだったんだけど」
「はっ? 人柱?」
八ツ俣を封印するにはそれだけ力がいる。
姉妹全員の力を使っても足りない。
(お姉ちゃんたちは覚悟をもって戦っていたのに、私だけが怖気づいた)
長女がどんな思いで姉妹たちに“人柱”を口にしたことか。その断腸の思いを想像すればわかることなのに、私が台無しにした。
せめて短い間でも姉たちには自由になってほしいと願うのは、卑怯だろうか?
妹の切実な願いとして……許されたいの……。
「とにかく! 今度こそ封印するために勾玉が必要なの。勾玉はお姉ちゃんが持ってるはずだから。――お姉ちゃんたちに会いに行かないと!」
歯を食いしばると、口の中の肉を犬歯が刺してしまう。
鉄の味が広がって、ますます落ちつきを失って手首を爪でかきむしった。
そこに皿が割れる衝撃音とほぼ同時に、手首を掴まれる。
「自分を傷つけるな」
射るような目つき。
爪の跡を残した手首は、大きな手に掴まれると今にも折れそうだ。
それが余計に私のギリギリ保っていた糸をぶつ切りにする。
「そのあんたが! 一番私を傷つけたくせに!」
大事にしてきた唇を奪った。
私たちの生きた時代では、主導権が男にあった。
貞操を奪われたとしても、女はどんなに嫌な相手でも嫁がなくてはならなかった。
仕方ないことだと思っていたが、いざ自分がその苦汁を飲まされると吐くに吐き切れない。
張りつめる思いで重たい瞼を上げたのに、こんなにも振り回されて……。
お役目を果たすに果たしきれない。
乱されっぱなしの状態は、私に必要な罰だけを与えてくれなかった。
「ごめん」
その言葉がどれだけ残酷か知らないでしょう?




