8.水神様と八ツ俣
「あー……もしもし。お二人さん」
夢から覚める現実の声にハッと顔を上げる。
目のやり場に困っている夏生と、目を輝かせる植実に見られていることを知った。
「あっ、あぁ、えっと……。その……」
「素敵。愛の力ね。よかったわね、穂乃花ちゃん」
育葉がほわほわと両手を合わせ、声を弾ませる。
だがあまり顔色はよくない。
夢見の力を使ってだいぶ負担をかけたのだと、胸が痛んだ。
「ありがとう。育葉ちゃん」
私の精一杯の気持ちに育葉は目を丸くした後、祝福に満ちた微笑みを浮かべていた。
「そんな恥ずかしがらなくていいんだぜ? これは確定事項だった。口づけでいとしい男を救った、的な?」
ピキッと茶化す言葉に地雷を踏まれた。
瞼をぴくぴくさせ、震える拳を思いきり深琴の腹に食らわせた。
「だから! なんでそんなデリカシーがないのよ! そういうところが嫌いなのよ!」
「くうぅ、穂乃花は手厳しいな。でもいいパンチだ」
「ふ……ふざけないでーっ!」
もう嫌だと深琴に触られたくない一心で布団から飛び出し、夏生の後ろに回り込む。
夏生越しに牙をむいていると、姉妹たちがクスクス笑い出すものだから頭が痛くて悩ましいものだった。
「さてさて、深琴が復活したからあとは八恵だなぁ!」
夏生があぐらをかき、左右に揺れながら興に乗る。
深琴のことで必死になっていたが、八恵は八恵で落ち込んで縮こまっている状態だ。
こんなことに振り回されている場合ではない。
切り替えて私は私で出来ることに全力でぶつかっていくのみだ。
「八恵ちゃんは外にいるの。珀斗が見てるから大丈夫だとは思うんだけど」
先ほどはそれで流してしまったが、よくよく考えれば珀斗を当てにするのはどうだろうかと眉間にシワを刻む。
あの無言で凝視されれば八恵は怖がってしまうのでは? と思ってしまい、そんなことはないと首をかぶり振った。
「絢芽ちゃんはそれでいいって?」
「いや、ダメだから珀斗を見てるって」
つまり絢芽が珀斗を見張り、珀斗が八恵を見張っているという二重の監視だ。
なんと胃の痛み図式だ。
鉄仮面二人が揃えばどれだけ圧が強いことか……。
「私、見に行ってくる」
まだ身体は完全復活していないけれど、泣き言を言っている場合ではない。
ふらつく足でなんとか外に出ると、空は暗雲に覆われていた。
ゴロゴロと唸る音が振動し続けている。
先行く恐怖に震えるも、今は八恵をなんとかしなければと拳を握りしめた。
「そんな固く握んなって。かわいい手が傷つくだろ」
後ろから深琴に羽織いじめにされ、手をほどかれて指が絡む。
ふざけている場合ではないと突っぱねたいが、ぬくもりを近くに感じてしまうと胸がじんじんと焼けてしまった。
「あら、穂乃花たんにみーくん。起きたの?」
頭に包帯を巻いているが、血色よく腹筋に励む絢芽がいた。
肌着の前が開いており、豊満な胸とくびれた腰が丸見えだ。
「絢芽ちゃん! 前! 前閉じて!」
急いで絢芽の肌着を閉じる。
こんな状態ではますます八恵が心配だと、穂乃花は見張りの珀斗から一定距離を保つ八恵のもとへ駆けていった。
「八恵ちゃん。千種ねぇを助けに行こう」
その言葉に八恵は激しく首を横に振る。
「だって、あたしのせいで八ツ俣が躍起になってるんだもん!」
「水神様を大切に思ってるからだよ。きっと八恵ちゃんが助けてって言ったら水神様は助けてくれるよ」
「でも水神様は八ツ俣が嫌いだもん」
大切な存在を思えば思うほど空回りして、自分に嫌気がさす。
どうしてもっとうまくできない?
こうしてめそめそと涙して、構ってほしいみたいに暗い気持ちがむき出しになる。
だからといって相手を困らせたり傷つけたいわけでもないので、結局上手くいかなくて声を押し殺す。
耐えなくてはならない。
自分さえ耐えれば事が荒立つことなんてないのだから。
「……千種ねぇも同じだよ」
涙を吸収しすぎてふやけた八恵の手を包み込む。
「千種ねぇを大好きだって伝えなきゃ。弱音を吐けずに抱え込んでしまった千種ねぇでも大好きだよって。本当に辛くなったら抱え込まないでって。千種ねぇのためなら私たちはどんなにボロボロになってても駆けていくよってさ」
八恵が苦しい時だってみんなは駆けつける。姉妹は全員が特別なんだ。
「水神様は八恵ちゃんを愛してる。だから力を貸してくれる。それに八ツ俣が水神様を傷つけるなら私たちで守ればいいんだよ」
胸を張って伝えよう。
水神様にとって八恵は特別だ。
その八恵の願いならば顕現してくれる。
いとし子の八恵に嫉妬をしながらも、千種の愛情は絶対に絶対に本物なのだから。
「悪いことをしても愛してほしかった。私はそう思うんだ」
「悪いこと……」
「千種ねぇを愛してるのは私たち! 八ツ俣が一番の理解者なんて嫌じゃない?」
千種が本当に欲しかった愛情は八ツ俣のものじゃないって。
「そんなのは嫌! 千種お姉ちゃんはあたしたちのお姉ちゃんだ! お姉ちゃんが辛いとき、あたしががんばるんだ!」
「じゃあ決まり」
もう後悔はしたくない。
いつまでも罪悪感を抱えていては、愛情を向けてくれる姉たちに失礼だ。
そして姉たちが私を引っ張ってくれるなら、私はたった一人の妹を引き上げる。
大好きな長女にめいっぱいの愛情を示すために。
「八恵ちゃんは私が守る。だから一緒に千種ねぇを助けよう」
私が手を引っ張ると、八恵は気持ちを奮い立たせてくしゃくしゃの笑みを咲かせた。
一人で抱え込まなくていいんだよ。
どんなに足裏がズタズタに刻まれても、助けたい人のもとへ駆けていくための羽根が壊れていても。
一人で飛べなくても支えてくれる人がいるから、痛みを乗り越えられることを証明してみせる。
暗雲を吹き飛ばす気持ちで拳を天に突きだした。




