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潔癖巫女は一途な毒に溺愛される  作者: 泉花


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8.この口づけはただ一人のために

二つに分かれた剣は軽くなり、深琴は片割れを握ったまま尻もちをついてしまう。


深琴の足元に折れた刀身。深琴の手に握られたものは錆びたまま……。


(深琴――っ!)


天が泣く。


手を伸ばして深琴を抱きしめたかったが、視界は霞がかって深琴たちを覆い隠してしまった。




場面は転換し、夜の闇に囲炉裏の火だけがゆらめく部屋にいた。


正座をする深琴の前には折れた剣と刀身があり、それを見下ろす初老の男性がため息を吐く。


「この剣は抜いてはならん。ずっとそう申したではないか」


「……申し訳ございません」


男性はこめかみを押さえ、首を横に振ると折れた刀身を手に取った。


「この剣を直せるものが今の時代にいるのか。お前はとんでもないことをした」


「探します。刀鍛冶をみつけて必ず……」


「そういう問題ではない。お前は封印の一つを破壊したのだ」



八ツ俣を封じる際に使用された剣。


再び八ツ俣が仮封印を壊すとき、穂乃花が発動した狭間が開いて巫女たちは目覚める。


仮封印にほころびが生じたのはこの時だったと、私は罪悪感に押しつぶされそうな深琴の背に手を寄せた。


(触れることは出来ない。だけど今、深琴は傷ついている)


「ワシはもう長くない。だが今のお前では送りだすのも躊躇われる」


「……はい」


「このままおだやかに過ごせればよかったものの。お前は苛烈な道を――……」


――また視界が歪み、深琴の背が遠ざかっていく。



「《待って! 深琴っ!》」


叫びは届かない。


場面が移ると喪に服す村人が家の前に集まっていた。


身を知る雨が痛々しい。


村人たちは遠巻きにひそひそと囁く。


剣が折れたから村長が亡くなったと。


この先どうなるのだと罪人を見る目が深琴に集中する。


やがて村人たちは去り、孤独を背負う深琴の前に一人の巫女が現れた。


(千種ねぇ……)


やさしい目をした巫女に深琴はようやく涙を流せるように。


鏡を手にあらわれた巫女に村人たちは安堵し、徐々に深琴にも声をかけるようになった。


「大丈夫。必ず八ツ俣は倒せる。人柱も必要ないわ。ねぇ、深琴。力を貸してくれる?」


「はい……。はいっ……。ありがと……ございます……!」


それが深琴にとって一筋の光となる。


光をたどって剣を直し、勾玉を集める旅へ。


村を出る前に深琴は自分への戒めとして岩戸にのぼり、剣の抜けた穴を見下ろす。


「《深琴……!》」


その横顔があまりに胸を切迫してくるので、干渉してはいけないとわかっていながら手を伸ばしてしまった。


透けた身では触れることが出来ないのに、流さない涙を拭ってあげたい一心で背伸びをする。


戯れの蝶になって、恋焦がれるただ一人の女の子になって蜜を押し当てた。



「えっ……?」


交わることのない視線が重なって、唇が桜色に熟れる。


悪夢になんかしない。


これは夜の衣を返す一途な願いだ。


干渉することが夢における禁忌ならば、いくらでもこの身を毒に捧げよう。


恋い慕う人を助けられるなら、絡まって解けない糸のように生きる理由となるんだ。



「《好き。大好きよ、深琴。だからずっと待ってる》」



蹂躙してもいいよ。


あの毒を罪と呼ぶならば声を枯らしたっていい。


現実にどれほど影響が出るかわからない。


それでもこの手を伸ばし、叫んでこそ純情乙女の恋なんだから――!


強い科戸の風が吹く。


私の足元が浮いて、割れた空に身体が引かれていった。



「《私は穂乃花! あなたの未来のお嫁さんよ! 負けないで! 必ず深琴のこと、好きだって認めるから!》」


「ほの……か……」



瑠璃色の耳飾りが揺れる。


両耳に揃ったそれが、今は私の片耳を飾っている。


片割れを身に着けるまで、どうか待っていて。


戯言にしか受け取れなかった言葉を、ちゃんと受け止める未来があるから!



「好きよ」



今度こそちゃんとした夫婦として歩みたいって、わがままかな?


危険な道を一緒に歩いてくれた愛しい人のために、いま出来ることをしたい。


悪夢にとらわれているなら、今度はこっちから起こしに行くよ。


この口づけはただ一人のために――。







「また泣いてんのか?」


いたずらっ子のような、からかい混じりの慈しむ声色。


唇を離して顔をあげると、瑠璃色に艶めく瞳に魅入られてしまう。


後頭部に手が回り、小鳥の戯れみたいに唇が重なった。



「そんな目で見つめられちゃあ、キスしたくなるってもんだ」


「深琴……。深琴!」



決壊する。


もうとっくに深琴という毒に汚染されているの。


流し込まれた激情に振り回されて、頭の中がいっぱいになって、苛立ちよりも大切にされる幸せに打ち震えたんだ。


詰まる想いを叫ばずにはいられない。


許せなくても、これから先はまっすぐに受け止められる。


膨らんだ実が開いて花が咲く。


勢いに私は深琴の胸に飛び込んだ。


「よかった。よかったよぉ」


「……ありがとな。オレ、ずっと待ってたんだ。ずっと、ずっと……」



私の知らない深琴との出会い。


時系列が狂うわけだ。


魂が求めてやまない狂おしいほど好きな気持ちが今、時を超えて溢れ出していた。


片方ずつ分け合った耳飾りが二度と離れてしまわないように、耳たぶに穴を開けたくなった。


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