2.瑠璃の耳飾り
(前から思っていたけど、なんでこんなに理不尽なの。無理やり唇を奪われて、その上望まぬ婚姻だなんて……)
女に選択肢はない。
男が娶ると言えば従うしかない。
千年前の、小さな集落で育った私にとって深琴の存在は傲慢な男そのものだった。
(千年もあれば大分雰囲気も変わるものね……)
深琴と一定距離を保ちながらボーッと行き交う街並みを眺める。
空の色や緑の茂り方、木造建築は変わらないが、空気は少し濁っている気がした。
見たこともない金属の棒があちこちに立っており、空に落書きをしたみたいに黒い線を引いていた。
何よりたまに面白い格好をした人とすれ違う。
着物には馴染みがあったが、巫女の格好とはまた違う袴姿の女の子をよく見かけた。
そういえば深琴も風変わりな格好をしている。
深い瑠璃色の髪は襟足長めにざっくりとしており、赤い組紐で半上げに結んでいた。
着物は袴を合わせ、足はブーツという異国の靴を履いている。
厚手の黒い外套は、真冬でも過ごせそうなくらい上等なものに見えた。
「穂乃花。好きな服、選んでいいからな」
暖簾をくぐって入った先は色とりどりの布地を飾る店だ。
既製品でいろんな着物が飾られており、見たこともない鮮やかさと柄があってつい目を凝らしてしまった。
「こちらはいかがです? 流行りものだと緑、勝色の袴を合わせる方が多いですね」
店主があれこれと深琴に進めだす。
それを物色しつつ、全身を映す鏡の前に穂乃花を立たせて一枚一枚布当てをしていった。
(私ってこんな顔してたんだ……)
赤みのある茶色い髪に、赤紫の瞳。
肌は守里よりも少し日に焼けており、目は丸っこいが目尻はツンとしている。
思っていた以上に目鼻立ちはハッキリとしているが、今までここまで鮮明に自分の顔を見たことがなかったため、自覚が湧いてこない。
それだけ千年前の鏡と今のものでは映りが異なっていた。
ゴクリ、と喉を鳴らす。
自分であり、自分の実感が湧かない分、客観的に似合う似合わないがわかってしまった。
それ以上にこれだけの選択肢があるのに、心は無反応でいられない。
一気に抑圧された乙女心が刺激され、かわいいへの好奇心は爆発した。
「わぁぁ、なにこれなにこれ!」
おはじきの宝石箱をひっくり返す勢いで布当てに励む。
大きな花柄のものや、はじめて見る幾何学模様。
すれ違う女の子たちが多く着ていた柄もあり、流行というものが見て取れて浮き立つ気持ちが抑えられずにいた。
「気に入ったのはあったか?」
深琴に声をかけられてハッと我に返る。
そうだ、今は敵の目に晒されている状態だった。
守里の頼みとはいえ、こんなにも満喫したい場を深琴が汚していく感覚に舌打ちをしてしまった。
だがすぐに、着飾りたい心が浮上してソワソワして身体が揺れていた。
ときめきで頭の中はすっかり麻痺している。
たくさんの着物の中で、一番興味がそそられた矢絣柄を指さした。
「すれ違う人、この模様多かったから」
「ん。色はどうだ? この色なんか似合うと思うけど」
そう言って矢絣模様の色違いを当てていき、小物も合わせて一式にまとめていく。
すべてが決まったところで、その場で着替えることとなり、奥にいた店主の奥さんに着付けを手伝ってもらった。
くるりと回り、胸が高鳴るままに鏡の前で浮いてしまう頬を押さえる。
知らない着付けの仕方だったが、基本は変わらないのですぐに慣れそうだ。
何より踵が浮いてしまうのが、後頭部を飾る大きな赤いリボン。
こんなにも主張が激しい装飾ははじめてで、今まで出来なかったことが許される解放感に微笑まずにはいられなかった。
……それにしても視線が突き刺さる。
深琴がこちらを凝視して何も言ってこないので、何が言いたいんだと上目に睨みつけてみた。
「何よ」
「いや……うん。うん……」
それ以上何も言わずに店主に支払いをしてそそくさと出ていってしまう。
今まで散々褒め散らかしてきたくせに、いざという時は何も言わない情けない姿にため息が出そうだ。
(別に、何か期待したわけじゃないし)
深琴なんかに褒められても嬉しくない。
だけどせっかく着飾って、女の子として生きている状態になった。
相手が深琴でなくても誰かに許してもらいたい……。
褒められたいと思うのが乙女心だ。
先を行く深琴を追いかけて、前のめりになって深琴の袖を掴む。
両耳を飾る瑠璃色の飾りを揺らして深琴が振り返った。
「あの、ありがとう……」
お礼を口にすると、深琴の縁取りがハッキリした目が大きく見開かれる。
そして口元を慌てて押さえ、頬を赤らめて私から目を逸らした。
「ほんと、ずりぃよなぁ……」
それだけポツリと呟くと、せっかく整えた私の頭を撫でて歩き出す。
結局、何も褒めてはくれなかった。
物足りなさにやっぱりお礼なんて言わなければよかったと両腕を組んだ。
幅広の背中を目で追いかけ、すれ違う人たちより頭一つ分抜き出る姿に胸が締め付けられる。
(なに、これ……。なんか痛い)
深琴の耳たぶで瑠璃色の飾りが揺れている。
見たこともないその神秘的な色がどこか懐かしくて、憎たらしいはずの深琴が付けているとはいえ、目を逸らせなくなっていた。




