2.あんたとは初対面だと思うけど
「さっき守里さんと話したけど、オレは勾玉を探してるんだ。最近、あちこちで水害が発生しててよ。まぁ結構急いでなんとかしなきゃならねぇ事態でさ」
「水害ってまさか……」
「そのまさかなのよ。八ツ俣のせいでしょうねぇ」
聞き覚えのある名前に、かつての闇に浸食されて大切なものを失っていく絶望に喉が詰まりだす。
八ツ俣とは、かつて水害を起こして暴れまわっていた化け物の名称だ。
「守里ちゃん。私たち、どれくらい眠っていたかわかる?」
「そうやなぁ。千年くらいは眠っていたかもねぇ」
千年。
なんと恐ろしい時間を眠っていたのだろう。
あの空が割れてすべてを引きずり込んでいく禍々しさから千年。
再び八ツ俣が暴れ出すときに目を覚ます。
そう運命を定めたとはいえ、時が経過した分だけ私が現実に適応するのも一苦労だと思い知った。
「何はともあれ、一度は八ツ俣を封じた巫女様たちだ。その一人がオレの嫁さんとは燃えるねぇ。しかも初心くてかわいいときた」
「さいってい!! ド変態! これこそ悲劇よ! 決死の覚悟でここまで来たのになんでこんな奴に嫁がなくちゃいけないのよ!」
もう終わりだ。
八ツ俣を倒したら舌を噛みきってしまいたい。
巫女の責務だけは何としても果たす。
それは譲れない。
姉たちへの懺悔でもあり、贖罪なのだから。
「大丈夫よ、穂乃花ちゃん。深琴くんは穂乃花ちゃんに本気よ」
「なんでそんなこと言えるの……」
あまりに酷い。
愛してもいない人と添い遂げなければならない苦しさなんて守里にはわからないんだ。
占いで何が見えていたとしても、こちらの心までは理解出来ないんだ!
「これから先、自分の目で見て、耳で聞いて、選んだらいいの。深琴くんはちょっと手が早すぎたわねぇ。穂乃花ちゃんはとっても乙女なの。大事にしてあげて」
「それは……悪かったです……。ずっと会いたかったから浮かれちまって……すまん」
「ずっと会いたかった? 私、あんたとは初対面だと思うけど……」
会話が一切噛み合わない。
守里とも上手く言いたいことが合致していないのだから、何をどうすればいいのやら。
「今はそれでいいよ。でもいつか、気づいてくれな」
意味深長な言葉は受け止めようがない。
記憶にない出会い。
理不尽に撃たれた接吻強奪もとい同意なしの婚姻決定。
女とは不条理に抗う術を持たない。
幸せに添い遂げる夫婦生活なんて想像も出来ず、夢がガラガラと崩れていく音がした。
「守里さん。妹さんは目を覚ましたかい?」
縁側を足早に進む音がして、日に焼けたがっしりとした体格の男が顔を出す。
「はい。ありがとうございます。二人まで受け入れてくださって」
「いやいや、守里さんの頼みなら何でも! すぐに飯を用意しますね!」
耳まで真っ赤にしてそそくさと立ち去っていく男を、守里は無垢な笑顔で見送る。
これは守里に惚れているとすぐにわかり、複雑な心境だ。
別に男が嫌いというわけではないが、目を覚まして早々に深琴に花を踏みつけられてしまったので不信感が強くなっていた。
「しばらくゆっくりしていって。穂乃花ちゃんも混乱しているだろうし。深琴くん、優しくしてあげてね」
「もちろん。かわいい嫁さんですから」
そう言って深琴は膝立ちになると、私の手を引いて後ろから抱きしめてくる。
「ひっ!」
やっぱり無理だ!
この節操なしに付き合っていくなんて不幸まっしぐらでしかない!
神様は残酷だ。
大切なものを八ツ俣に奪われていく絶望を見せた後で、この仕打ちなのだから。
そこまでして穂乃花を天は許してくれないのか。
ただ、失いたくなかっただけなのに……。
その日は守里の住む家に一泊させてもらうことになった。
先ほど顔を出した男の家らしいが、占い頼りに彷徨っていたところを助けてもらったらしい。
「街の観光?」
「そうそう。穂乃花はまだこの時代に慣れてねーだろ? 一緒に見て回ろうぜ!」
上機嫌に口角を上げて身体を揺らす深琴に、私は拳を震わせて怒りを堪える。
よくもまあいけしゃあしゃあとそんなことが言えたものだ。
「お断り。誰があんたなんかと」
「守里姉さんに頼まれたんだけどなぁ? 穂乃花の着物とか用意してあげてって」
今、身に着けているのは守里の着物だ。
若干丈が合わず、特に胸のあたりがパツパツしている。
華奢な守里に対し、己の肉付きの良さが憎らしくなって襟元を寄せてみたが、より胸を強調してしまっていた。
「あと、飯もな。甘~いものでも食べようぜ」
その魅惑的な一言に耳がピクリと跳ねる。
「……甘いもの?」
ジトっと深琴に目を向けると、獲物を捕らえた猫の目をしてしたり顔をしていた。
しまった、と後悔した時には時遅し。
一度引っかかってしまった後で突っぱねるのは癪に触ってしまい、渋々と深琴について街を散策することにした。
不服ではあるが、唇を奪われてしまった以上、深琴は私の夫だ。
とことん不愉快で、皮肉で、不満だらけの既成事実である。
私にとってはその価値観が当たり前であり、疑う余地もなかったため、お先真っ暗な結婚生活に崖っぷち状態だった。




