7.千種お姉ちゃん
「いい、八ツ俣!? アンタが八恵ちゃんにイジワルだからよ! そんなんで愛されると思わないでちょうだい!」
『いとし子に拒否権はない』
「もうっ、そういうところ! それで千種ねぇを利用してる。最低最悪よっ!」
いいところも悪いところも愛する。
それが真実の愛なのかもしれない。
だけど愛は大切にしてくれないと生まれないの。
「私だって深琴の嫌なところはあるし、今でも許せない。だけどそれ以上に大事にしてくれたから。ちゃんと謝ってくれた。関わりを絶っても絶たなくても、深琴は自分を責める。そんな素振りは見せなかったけど、これだけずっと一緒にいたらわかるよ」
ヘラヘラしているようで、悪いことをしたと自分を許さなかったこと。
それを表に出して許されようと情けを請わなかった。
好きだから振り向いてほしいと伝え、罪は罪だと心に刻んでいたから私も目を逸らしきれなかった。
だから八ツ俣の振り合いは余計に癪に障るんだ。
「謝れない男ってめちゃくちゃカッコ悪いんだからね! 自分だけの気持ちをぶつけるだけじゃ、ただの暴力よ! 執着は自分を責めるから苦しくなるの! 歯がゆいものなんだから! あんたのは根本から違うんだからね!」
どう裁きを下すのかは私が決めること。
完全に悪意としか取れない可愛げのない執着はお断りだ。
愛は自分の非を認められない奴に語る資格は絶対にないのだから!
「……そう。大事にされたかった」
私の訴えに、会話の成り立たなかった同じ声が答える。
「「千種ねぇっ!!」」
八ツ俣の支配から、私たちの大好きな千種が抗って顔を出そうともがいている。
なのにどうしてそれが自傷行為のように見えるのだろう。
居ても立っても居られず、私は天の千種に手を伸ばした。
だが瞳は血の色に戻り、あくどい笑みが私を見下し、腕を薙ぎ払ってきた。
「穂乃花っ!」
それを深琴がかばう。
鋭い爪が深琴の背を抉り、血が飛び散った。
肉まで抉ったようで、深琴は身体を貫く激痛に膝をつく。
「深琴! 深琴しっかりして!」
雨の腐臭に交じって鉄が劈く匂いが嗅覚を刺激する。
大切な人たちが一方的に傷つけられる現実に、私は腹の底から毒を吐き出したくなって、八ツ俣を憎悪の眼差しで睨みつけた。
『愛だと? はっ、そう甘ったれているから娘の孤独に気づけなかったのだろう』
「何を……!」
『八恵のようにいとし子でもない。特別な娘でもないのに、この娘は敗北を知らなかった。呪いを受ける痛みを知っただけのこと』
まるで誰よりも八ツ俣が千種を理解しているような語りだ。
胸くそ悪い言葉のはずなのに、否定できない生々しさが私の罪悪感をあおってくる。
巫女として誇り高く、民を守るのが務め。
細い肩に責任をのせていくごとに重さを増していった。
辛かったかもしれない。
いや、辛いからこそ弱音を吐けなかった。
そんな千種の強がりを誰よりも知っているはずだったのに……。
「千種お姉ちゃん。あたし……あたしは……」
八恵の消え入りそうな声が胸に突き刺さる。
強くてやさしい千種に甘えてしまった。
「巫女として強くあろうと生きてきた。なのに愛されるのはいつも八恵ちゃん」
それは千種の声か、八ツ俣の言わせた言葉か。
あまりに悲痛で、姉妹の心を抉るものだ。
千種は強くあろうと肩を張るたびに、心が骨ごと軋んでいた。
それは千種を追い込んだのは、長女という孤独に追いやった姉妹のせいと言いたげに……。
「千種ねぇ……」
鏡から真っ赤な血の糸があふれ出し、地面を叩きつける。
千種がこれまで飲み込んできた涙のようだ。
激しい暴走にメキメキと地面の割れが迫ってきて、このままでは全員割れ目に挟まれる状況に追い込まれた。
「逃げるわよ!」
絢芽が穂乃花の手を引き、今は戦えないと判断を下す。
八ツ俣の反撃を食らい立てなくなった深琴を肩に背負い、私は千種に背を向けた。
ガタガタと震えるばかりの八恵を引っぱり、私を信じて絢芽が先に進む。
絶望的な状況に私は下唇を噛んだ後、叩き落されそうな弱さを張り倒して叫んだ。
「千種ねぇ! 負けないで! 絶対に迎えに来る! 姉妹みんなで……!」
その言葉に返事はなかった。
太陽か、雨か、雷か。
何の光かわからないまぶしさが千種の虚ろな瞳に一瞬走った。
「穂乃花っ! 深琴!」
「絢芽ちゃん! 八恵ちゃん!」
目を細めて空を見上げると、白と金の毛並みをした虎が宙に飛んでいる。
育葉と夏生だ。
泥だらけになって気を失う植実が育葉に支えられており、この場から脱するために虎が今にも崩れそうな地面に着地する。
夢で見た?
それとも夏生の直感で嫌な気配がした?
なんでもいい。
大好きな姉たちが危機に駆けつけてくれたことが何よりも心強い。
絢芽と八恵をあげた後、深琴を白い虎の背に乗せてから私も乗りこもうとした。
「先に乗れ……」
だが深琴のプライドが許さなかったようで、意地で先に私を白い虎に乗りこませる。
それからすぐに手を伸ばして深琴を引き上げようとしたが、ぬかるみが深琴の足を絡めとった。
いち早く離陸しようとしていた白い虎と力が反比例し、私と深琴の手が離れてしまう。
「深琴っ!!」
泥が身体を飲みこもうと襲いかかる。
私が身を乗りだして深琴に手を伸ばすも、届かない。
「穂乃花! あぶねぇ!」
夏生が身体に抑えられると、私の内側は決壊し、我を忘れて悲鳴をあげた。
あまりに危険すぎて自ら使用することを禁じていた“狭間の力”が再び暴走する。
何もない空に割れ目が入り、黒い触手となって深琴の身体を絡めとった。
(深琴……)
「珀斗、お願い!」
育葉の声かけに白い虎は狭間の闇に絡めとられた深琴の身体に噛みつき、強引に引き抜いた。
それから駿馬の如く、空を駆けて暁月村から離れていく。
暗雲がのしかかる暁月村。
身も心も疲弊していた私は夏生に支えられ、意識を飛ばす。
はじまりの場所に千種一人を残して、私たちは去るしか出来なかった。




