7.八ツ俣の執着
「八ツ俣は千種お姉ちゃんのわずかな隙をついた。八ツ俣は……」
雨がまるで泥のようだ。
粘り気があって、それこそすべてを汚染していく毒みたい。
八恵の苦々しい表情は、あの日気づけなかった千種の叫びを独白するものだった。
「八ツ俣は千種お姉ちゃんの魂を汚染した。本当は人柱なんて必要なかったのに、お姉ちゃんにそう言わせたんだ」
「どうしてそんな……」
「八人の巫女が揃っていること。それが八ツ俣にとって最大の弱点だったから」
頬を伝う水は暗黒を宿したもの。
なんとおぞましく、姉妹にとっての侮辱だろうか。
「八ツ俣は水神様に執着してる。……もとは同じ、水を源流とする存在だから」
八恵の告白に絢芽は雨で肌に張り付いた髪を背中に流す。
「水神様は八恵たんを愛してる。つまり八ツ俣にとっても八恵たんは特別……」
「ひぃ! やめてーっ! やだやだっ! 荒っぽい人はキライ!」
八ツ俣が愛しているのはあくまで八恵というわけだ。
残りの七姉妹を亡き者に出来れば八ツ俣は満足だったのかもしれない。
「とっ……とにかく! 八ツ俣はあたしたちを欠けさせることが目的だった! だから千種お姉ちゃんを!」
「許せない」
あまりにも腹立たしく、拳を握りしめると身体もわなわな震えだす。
「乙女の心をバカにして……! 八ツ俣め、絶対に許さないんだから!」
「ワタシたちの千種ねぇを侮辱した。万死に値する」
こんなにも呪わしい怒りははじめてだ。
これほど暴力的で破壊したくなる激情が存在したのかと思うと、ひどく目が血走っていることだろう。
「千種ねぇを助けよう! 八恵ちゃんの力が必要だよ!」
「八ツ俣は水神様にこってりとお仕置きしてもらいましょう。ワタシたちの千種ちゃんをバカにした罰よ」
巫女として必死に生きてきた千種を、八ツ俣は愚弄した。
そんな最低な行為を許せるはずがないと、穂乃花だけでなく絢芽も怒り心頭に立ちあがる。
姉妹の共通する価値観。
それは姉妹の誰であれ、侮辱することは許さない。
たとえ神様であっても、高潔な魂を汚すようなことは絶対にさせてなるものか!
「絢芽ちゃん。穂乃花お姉ちゃん。……うん。一緒に行くよ。千種お姉ちゃんを助けるんだ!」
打ちひしがれていた八恵の手を掴み、絢芽と一緒になって立ち上がらせる。
すぐに暁月村へ戻ろうと振り返った先に、雨を滴らせて前髪をかきあげる深琴がいた。
「八ツ俣ってぇのはどうもいけ好かない奴だ。まったく、オレの家族を傷つけた罪は重いぜ!」
「……バカ」
傷つけたなんて、深琴が口にする資格はないのに。
それでも今は、たまらなくその言葉が支えとなり、胸を熱くする。
「穂乃花お姉ちゃん」
八恵は涙を拭うと、首からさげた勾玉を一つ取り出す。
勾玉に触れた瞬間、私の脳裏にかつての絶望の記憶が流れ込んでくる。
もう負けたりしない。
姉妹と今度こそ、八ツ俣を封印するんだと涙を拭って泥へ大きな一歩を踏み出した。
暁月村へ走るが、地面の揺れがだんだん大きくなる。
土砂崩れが発生しているのも見受けられ、暁月村が飲まれていく地獄を目の当たりにした。
雨で視界が乱れる中、強風でいろんなものが飛んでくる。
「うっ……!」
「絢芽ちゃん!?」
「平気よ。二人のことはワタシが守るわ」
風が運んできた小石が絢芽の頭部を殴りつける。
血を流し、片目を開けなくなった絢芽がこめかみに血管を浮き上がらせ、私たちを守る結界を張った。
そんな器用に自分までは守れないと、姉妹を守るための結界強化に意識を集中させていた。
『七番目が邪魔をしなければ丸く収まったのに』
氷柱のような冷たい声が頭上から降り注ぐ。
悪寒が走り、落雷で逆光となった人影を見上げて顎が痛むほど歯を食いしばった。
「あんた、八ツ俣ね! 千種ねぇを返して!」
見た目は千種だが、中身は八ツ俣だ。
鬼灯を宿したような血みどろの目は、鋭い瞳孔がギラギラして目立つ。
私の叫びに、八ツ俣は蛇の舌でチロリと唇を舐めた。
尖った瞳がすぐに絢芽をとらえる。
歌うことで結界を展開していた絢芽に、八ツ俣の呪力がぶつかって音が乱れた。
すでに怪我をしていた絢芽にとって、わずかな音の狂いでもダメージは大きい。
それでも地面に根を張って膝をつくまいとする絢芽に、八恵が触発されて前に出た。
「暴力的で、人の心をなんとも思わない! アンタなんか水神様も大嫌いなんだから!」
『八恵。いつまでも逃げられるものではないぞ。水神は俺の半身のようなもの。……だからお前は水神の力を使いこなせないんだ』
八ツ俣の挑発に八恵はカッとし、首を思い切り横に振る。
負けてたまるかと宙に浮く八ツ俣を睨みつけ、精一杯の反抗として舌を突き出していた。
「水神様はアンタが嫌いだから表に出たがらないだけだもん! ざまぁみろ!」
『ふっ。そんな強気もいいな。ますます欲しくなる』
あぁ、コイツはダメだ。
会話が成り立たない。
深琴に蹂躙されたと思った時でさえ、ここまで沸々と煮えくり返る感情は湧かなかった。
自分が傷つくより、姉妹が傷つけられる方が私には耐えがたいんだ。
千種を侮辱するだけでなく、八恵をあざ笑うというならば私は全力でぶつかりにいく。




