6.対の瑠璃
(八恵ちゃんがそんなこと……。ううん、だけど)
顔を上げて姉妹一人ひとりの顔を見る。
「人柱になっていればあの時で終わっていたかもしれない」
今まで再会してきた姉たちは、誰一人私を責めなかった。
いっそ地獄の業火に焼かれてしまいたい気持ちを抱えていたが、ずっと深琴が寄り添ってくれた。
「ごめんなさい。私、ずっと後悔してたの。お姉ちゃんたちの覚悟を裏切ったって、ずっとずっと……!」
八ツ俣の封印が失敗して倒れていく姉たちを見て、私は力を暴走させた。
コントロールの出来なくなった力は空に黒い狭間を開き、姉妹たちを飲み込んだ。
残った八恵が私の前に飛び出して、あたりが真っ暗になった。
「いいの。ちゃんとわかってる。――狭間を開いたのよね?」
千種の問いに私は唇を固く結んでうなずいた。
姉妹には破魔の力だけでなく、各々が特殊な力をもっている。
長女・千種は神霊や彷徨う魂を憑依させ、言霊を扱ったり除霊する力が強かった。
巫女の霊力保有量は姉妹でもばらつきがあり、千種は特に保有量が多かった。
八恵は霊力保有量ではなく、能力に特異性があったため、違った意味で特別だった。
「ごめんなさい。もし、狭間を開いていなければちゃんと八ツ俣を封印できていたかもしれないのに」
私は狭間の巫女と呼ばれた。
狭間とはこの世の光と闇を分ける中間地点のこと。
その先の道は神のみぞ知る。
その能力は本来ならば使う必要のないものであり、姉たちと比べて目立つことはなかった。
せいぜいあやかしが出没した際に、小さく開いてその場から切り離す程度だったのに……。
「だけど穂乃花ちゃんが力を使ったことでまた会えた。生きる未来だって出来たのよ」
「そうなのら! うみはまたほのちゃんに会えてうれしいのら!」
「千種ねぇ……。うみちゃん……」
二人の熱い言葉に目頭が熱くなる。
「あら、穂乃花たん。泣くならワタシの歌で泣くのをおすすめするわ。いくらでも歌ってあげるわよ」
「絢芽ちゃ~ん!」
狭間を開いて、姉妹を道連れにした。
だからせめて短い時間でも、自由になってほしかったのに。
そんなわがままなんて、とうに姉たちは見透かしていた。
そのうえで寄り添ってくれたと知り、私は泣かずにはいられなかった。
「ごめんなさい! あんな暗闇に引きずり込んで、お姉ちゃんたちに苦しい思いをさせちゃった!」
何度も「ごめんなさい」と泣きじゃくっていると、この場にいる姉三人が私に寄って抱きしめる。
どうして姉たちはこんなにもやさしいのか。
揺るぎない愛情を向けられて、ようやく私は千年の苦しみから解き放たれた。
夜になると、深琴の帰還と巫女の来訪を祝ってささやかではあるが、歓迎の祝いが開かれた。
飲んだり食べたり踊ったりと、にぎやかな時間に背を向けて穂乃花は約束の場所へ向かった。
水の流水音に、波紋する音。
澄みきった空気に深呼吸をすると、内側から透明さに震えた。
(ドキドキする。やっぱり月が綺麗だ。――ね、深琴?)
まん丸の月が空に昇り、木々の隙間に光をこぼす。
暗い場所でも月明かりに反射して光る草木と、硝子ランプのおかげで不安なく前に進めた。
鳥居をくぐった先に小さな泉があり、その前で待っていた深琴が振り返る。
「穂乃花」
名前を呼ばれるだけで全身が熱くなる。
暗いから頬の赤さまではバレないだろうと、ゆっくりと深琴に近づいていく。
目の前で足を止め、熱に刺激された瞳を真っ直ぐに深琴へと向けた。
――私の手が掴まれ、泉に引き寄せられる。
「ば、ばかっ……。濡れちゃったじゃない」
「ははっ。つい」
「ついじゃないでしょ。……せっかく新しい着物を千種ねぇに着せてもらったんだから」
光の粒といっしょに、私から深琴に唇を重ねた。
深琴の瞳が見開かれ、一瞬の静寂の後、堪えきれない熱量で穂乃花を抱きしめてきた。
はじめての口づけはこれくらい情熱的で、かわいらしいものでありたかった。
あんなぐちゃぐちゃで、体内に毒を流し込むようなものは砂の城を崩すみたいなもの。
甘いリップ音だって、思いが重なっていなければ身体は疼いてくれないんだよ。
「……本当に私からキスしたの?」
吐息が混じりあい、じんじんする身体をすくめて問う。
深琴は何も答えない。
ただ激しく、貪るように、私の言葉をその唇で塞いできた。
「本当。……だけどこれは穂乃花から思い出してほしい」
まったく記憶にない深琴との、もう一つの口づけ。
頭の中に知らない記憶が影を映す。
千年前でも、目を覚ました後でもない、いつのことかも不透明なもの。
「女の子からキスされたのははじめてだった。……はじめてでした。その時からオレはずっと穂乃花に惚れてんだ」
暗くて見えないはずなのに深琴の熱がダイレクトに伝わってくる。
沸騰しそうな熱源は私まで火照らせていき、これこそ毒で狂おしさに悶えている気分だった。
「バカ! だったら何で私の気持ちを無視したのよ! ちゃんと最初から想いだけを伝えてくれれば私は――!」
いつもの手癖で深琴の肩を突き飛ばすと、一緒になって泉に身を沈めてしまう。
水しぶきが上がり、せっかく灯してきた硝子ランプから火が消えてしまった。
水が滴る音だけが継続する。
身体を起こすと同時に、両頬を包まれて強引に上向きにさせられた。
「――んぅ、ふぅ。んん……!」
溺れて苦しいのか、口が塞がって苦しいのか。
水が弾けて全部が瑠璃色に染められる。
全部がぐちゃぐちゃになってわからなくなるほどに胸が詰まった。
幼いころから憧れた好きな人との口づけは想像よりも苦しかった。
瑠璃に見つめられると内側まで暴かれて青が侵食していき、冷静さは奪われた。
「私と夫婦になって。深琴」
ずっと袂に入れて持ち歩いていた瑠璃の耳飾りを手に取り、深琴の手に握らせる。
「――やっぱりズルいな」
空気を多く含んだ息が吐かれ、また唇が塞がれた。
いっそのこと、深琴が私という毒に侵食されてくれればいい。
それが私なりの逆襲だ。
月明かりの下、対の瑠璃がようやく居場所を見つけて揺れていた。




