6.八ツ俣の居場所
「うっ……うぅ……」
その時のことを思い出すだけで呼吸が乱れてしまう。
(私が儀式を壊したから八ツ俣を封じきれなかった)
罪滅ぼしに、私が一人で勾玉を集めるのだと意固地をはった。
たとえ人柱になる未来が決まっていたとしても、短い時間でも姉妹には自由に生きてほしかった。
結局、一人では何も出来なかったけれど。
姉たちのやさしさに触れただけでなく、たしかに近くに支えはあった。
人柱にならなくていいと耳にして希望を抱かずにはいられようか?
「穂乃花ちゃん。ここまで来てくれてありがとう。みんなも、すごく会いたかった」
千種の言葉はどうしてこうも救いになるのだろう。
泥に足を取られて進めなくなっているところに、白磁の手が差し伸べられれば掴みたくなる。
「大好き。千種ねぇ」
それは姉妹共通の想いだ。
せき止めていた愛情が溢れ、ここに揃った姉妹だけにはなるが熱い抱擁を交わした。
もし、叶うのならば姉妹全員で抱きしめあえることを願って。
「わたしが先に倒れちゃって申し訳ないと思っていたの。儀式が途切れて狭間に引き込まれて……八恵ちゃんのことだけわからずに眠りについた」
想いはすれ違ったまま、長い眠りについて再び姉妹は時代を越えて目を覚ました。
散らばった場所で眠っていた姉妹が集まって、今度こそ八ツ俣を封印すると誓いあう。
ただどうしても憂いは消えない。
八ツ俣を封印に人柱はもう必要ないんだって、千種の口から聞くまで確信が持てなかった。
「妹さんのこと。オレが迎えにいってもいいですか?」
姉妹の再会を黙って見守っていた深琴が、畳に手をついて千種に申し出る。
それに千種は深琴の気持ちを汲み取って穏やかに微笑んで頷いた。
「ありがとう、深琴。剣のことも、よく頑張ってくれました。本当にありがとう」
「いえ、オレがしでかしたことですから。ようやく千種様にお伝え出来て安心しました」
いつもはお茶らけた深琴だが、千種の前では謙虚な姿勢が強い。
少し罪に陰りを見せて微笑む姿は、今まで見せないようにしてきた弱い表情。
気丈に私を支えてようとしてくれたが、本当に支えを必要としていたのは深琴かもしれないと、今更ながらに胸が痛んだ。
(剣はまだ本質を宿してない。八恵ちゃんの加護が抜けているから?)
剣は形を取り戻した。
だが植実が言うには見た目だけで中身は空っぽの剣らしい。
八恵の加護を授かっていない剣は、形だけ存在するなまくら刀のようなもの。
疑問は八恵に移る。
封印の儀式には三つの神器が力を発揮することが前提だ。
姉妹と勾玉が揃っても剣がこの状態では八ツ俣の封印が実行できない。
「これを」
千種が脇に置いていた布にくるんだ鏡を取りだす。
青銅の縁取りに何も映さない鏡面。
禍々しい気配がして、あまりの圧に心臓まで凍り付く震えを味わった。
「この中に八ツ俣がいる。だけどいつここから飛び出してもおかしくないの」
(ここに八ツ俣が……!)
これが仮封印の状態だ。
それでも中で抑えきれていない証明としてひび割れ出している。
もう長くはもたない。
本来ならば二度と世に影響を出さない永久凍結となるはずだったのに。
道中、八ツ俣の封印が解けそうになっていることで、影響があちこちに出ているのを見てきた。
実際、底冷えする魔の気配を残し、天満山周辺の村は土に埋まってしまった。
加えて今は米を収穫して冬の備えをする時期のため、一刻も早く対処する必要があった。
「穂乃花ちゃん。八恵ちゃんをお願いね」
千種が穂乃花の眉間を指で小突く、相当怖い顔をしていたのだろう。
「八恵ちゃんは一番穂乃花ちゃんに懐いていたから。あの場所にいるなら穂乃花ちゃんが呼ばないと出てこないし」
八恵はいつも泣いてばかりで、私の後ろに隠れる気弱な女の子だった。
すぐに隠れてしまい、穂乃花が探して連れ戻すのが決まった流れだ。
「八恵たんに会えばその剣のこともわかるでしょうね」
絢芽の鋭い目が剣に向けられ、深琴は気難しい顔をして剣を鞘に戻した。
最初はなぜ、深琴がこの剣を持っているのかわからなかった。
今ならわかる。
深琴は持つべくして持つ縁があったんだ。
(あの人に似てるもん。……剣士様)
暁月村の深琴。
――それは八ツ俣封印に携わった剣士の末裔。
「巫女様」
緊張で張りついた空気のなか、深琴が姿勢を正して千種を見据える。
「勾玉を集めて戻ってくるように。巫女様はそうおっしゃいました」
「そうね。言ったわ」
「……人柱は不要だと」
ドキッ。
私の心臓が大きく跳ねた。
「勾玉と鏡、剣がそろえばいい。仮封印で弱体化している。あのときより八ツ俣は弱い。それでももう、仮封印がもたないからわたしたちは目を覚ました。今なら、完全に封印できる。それに眠りについたことで力を蓄えているからね。あの時と今、二つ分が合わされば勝てる」
過去と現在と冷静に分析し、千種は答えを出した。
この場にいる全員が息を呑み、未来へ希望を抱く。
とはいえ、浮かれてはいられないと絢芽が咳払いをし、冷静に千種に問いを投げた。
「前回の失敗の理由は? 千種ねぇならわかっているでしょう?」
厳しく詰める絢芽に、千種は困ったと眉を下げて鏡を膝に置く。
「八ツ俣の力を見誤っていたのもあるけれど……剣の状態を見逃していたの。……どうして、そんなことになったかはわからないけれど」
それが植実の指摘する剣の足りない部分なのだろう。
仮にそうだとして、八恵がそれを知らないはずがない。
八ツ俣退治で不完全のまま剣士に託したとすれば、失敗すると知っていた確信犯だ。




