5.穂乃花はオレのもんだ!
姉妹の中でも長女・千種と末っ子の八恵は別格の力の持ち主だ。
千種に関しては努力で積み重ねてきた巫女であり、姉妹全員が心から尊敬する人だった。
「そんなの、育葉ちゃんが許してくれないよ……」
夏生の一方通行だ。
答えがわかっていて私は言葉にせずにはいられなかった。
割り切れなさを月影に託す夏生に、これが夏生なりの育葉を裏切る行為なんだと悟った。
夏生が物思いに沈んだ微笑みを浮かべるのは必然。
こんな笑い方をしてほしいわけではないのに、これでは救われないと穂乃花は胸を抑え込んだ。
「決まり! 今晩やるから!」
虚勢か覚悟かわからないニンマリ顔に、私は動けない。
呼び止める間もなく夏生が山小屋へ戻ってしまい、妹としてどう立ち振る舞えばいいか答えが出せないまま泉に映る月を蹴飛ばした。
お願いだから否定しないで、と言いたそうに微笑む夏生をどうして引き止められようか。
自分たちは巫女である前に、一人の人間だ。
恋を前に浮かれる心理だってある。
(私だって、お姉ちゃんたちには幸せになってほしいよ)
だから頑なに一人で勾玉を集めようとしたのに……。
それを打ち壊したのは良くも悪くも深琴だった。
まずは夏生の出方と、育葉の反応を見よう。
私に出来ることはそれくらいしかない。
泉に浸した足を抜き、立ち上がる。
「きゃっ!?」
泉に背を向けた瞬間、鼻のてっぺんが何かにぶつかり、反動で後ろにふらついてしまう。
鼻を摩って涙目になっていると、白銀色の細い線が視界に映る。
月明かりの淡さを引き立てる繊細な男の人。
珀斗から目を逸らせなかった。
育葉の好きな人だとわかっているが、珀斗に見下ろされるとソワソワしてしまう。
美しいものを見た時の本能が、私を浮つかせていた。
「ここを去る」
熱にのぼせているところに氷水をぶっかけられる並みの衝撃が襲ってくる。
「待って! 去るってどういうこと!?」
肝心なことを言わずに用件だけ告げていく珀斗に、私は意味が分からないと腕を掴みにかかる。
金色の瞳が私に向き、一瞬たじろくも今引くのは妹根性が許さなかった。
「それは育葉ちゃん、理解してるの?」
「育葉を困らせるくらいなら……いらない」
既視感のある捻じれにこめかみにピシッと亀裂が入ってしまう。
過程が異なるだけで、珀斗も夏生も同じことを言っているようなもの。
育葉の考えは聞かず、それが最善だと言い張る姿に溜まりにたまった鬱憤を爆発させた。
「選ぶのは育葉ちゃんでしょ! 夏生ねぇも勝手に決めちゃってさ!」
一度着火してしまうとそう簡単にはおさまらない。
「人柱になるかもわからない! わかんないけど進むしかないの! それをふまえて育葉ちゃんが決めなきゃいけないの!」
二人がどれだけ結論から逃げようとしても、決めるのは育葉だ。
本人を無視して勝手に決められるはずがないのに、二人ともまったく育葉の顔が見えていない。
皮肉にも大切に思えば思うほど空回りしている。
相手を傷つけないために配慮して配慮して、自分の気持ちを押し殺して滅されようとしていた。
「私が育葉ちゃんに話すから! あんたは逃げずに自分の気持ちを伝えなさい!」
今、引き出すべきは育葉の考えだ。
巫女としての立ち位置に板挟みになったうえで、珀斗とどうなりたいか。
こうなれば育葉の前に珀斗を突き出してやると、私は躍起になって珀斗の手首を掴み取った。
「穂乃花っ!!」
暗闇の中から深琴が私の前に飛び出し、鋭い眼差しで珀斗を睨みつける。
「穂乃花に触るな、クソ犬が!」
あぁ、どうして次から次へとややこしくなるんだ。
とことん頭を抱える事案ばかりが発生する。
「犬ではない」
返事すべき点はそこではない! と突っ込みたいがぐっと堪える。
「引っ張っていたのは私の方。育葉ちゃんのところに連れていくの」
深琴は気にしなくていいんだとなだめようとするが、深琴はますますカッとなって腕を掴む力を強めた。
「穂乃花はオレのもんだ! お前は育葉ちゃんで想像してりゃあいいんだよ!」
「はっ、バ、バカじゃないの!? なに言ってるの!」
一旦黙ってくれ、と私は背伸びをして深琴の口を両手で抑え込む。
すると暴走気味なのか、私の手を掴んで唇を押しつけてきた。
「ひっ!? あっ……あんたって奴は……!」
今までの気持ちは撤回だ。
どうしてそうも空気を読まない行動を取るのか。
生ぬるい膨らみと顎の凹凸が当たって、久しぶりに強烈な悪寒に襲われた。
触れた勢いで深琴の顎を手のひらで押し、これ以上距離が縮まないよう断固拒否の姿勢を示した。




