4.深琴とはもう一緒に旅はしない!
山小屋の前では夏生が弓の練習をしていた。
的を見事に射抜き、腰に手をあてて深呼吸をする。
あまりの凛とした美しさについつい拍手を送ってしまった。
「おー、穂乃花。なに、洗濯しに行ってたわけ?」
夏生は照れ笑いをして頬をかき、弓を山小屋にたてかけると私の前に寄ってくる。
妙にソワソワしている夏生が気がかりで、つい「どうしたの?」と首を傾げてしまった。
「あ、のさ……。聞きたいことがあるんだけど」
夏生にしては探り探りだ。
周りに誰もいないのに、こっそりと私に耳打ちをして質問を投げてきた。
「人柱にならない方法ってさ、具体的にはどういうことなんだ?」
意外な質問に声が引っ込んでしまう。
育葉が厳しい考えだった分、夏生が別の意味で気になっているのは瞬きものだ。
「暁月村っていうところが深琴の出身村なんだって。たぶん、私たちの故郷。……そこに巫女様がいて、八ツ俣封印に人柱は必要ないと話されたみたいなの」
上手く説明できているだろうか、と思案していると、夏生は天を仰いで大きく息を吐きだした。
「人柱になるしかないって思ってたんだよなぁ」
ひどく疲れ切った吐露だ。
夏生は夏生で千年分の抱えたものがあり、細い肩に重くのしかかっていた。
「だから育葉を巫女の運命から解放したいって……目が覚めてからずっと考えてた」
「育葉ちゃんの?」
ずいぶんと限定的な言い方だ。
夏生が姉妹の中でも育葉を特別視していることはわかっている。
それにしても煮え切らない言い方だと、私は夏生の次の言葉を待つことにした。
「人柱になるのに恋は辛いだけじゃん。ましてやあんな奴が相手なんてさ」
やはり勘違いではなかった。
育葉は珀斗に恋をしている。
私でもわかったのだから、一番近くにいる夏生は敏感に感じ取っていたことだろう。
大好きな人の幸せを願うのは当たり前だ。
――たとえそこに自分がいなくても。
「人柱になるくらいならアタシは力づくで育葉を突き放す。もともと一人分の力を分け合ったのがアタシたちだから」
「それは……」
「穂乃花」
凍てつく声で名前を呼ばれ、肩が跳ねる。
振り返った先に険しい表情をした深琴がおり、一気に距離を詰めて私の二の腕を掴んできた。
「ちょっ、どうしたの深琴……」
「次の場所へ行こう。うみっこも今準備させてっから」
「えっ……なんで。私まだ着物だって乾いてないし」
「すぐに買うから。欲しいものがあればなんだって――」
「それはアタシが穂乃花になにを吹き込むかわかんないから?」
鋭い夏生の声がして、深琴はカッとして手を振り払う。
その衝撃で瑠璃の耳飾りが外れ、まだ濡れている地面に転がった。
耳飾りを拾い上げる深琴の瞳はよどんでいる。
こんなのは深琴らしくないと手を伸ばすと、夏生が間に割って入ってきた。
「やっぱさぁ、人柱にならなくていいなんて嘘でしょ?」
唐突な言葉に息をのむ。
私が詰められなかった疑問を、煙たそうに鼻で笑っていた。
「そんな方法があるならアタシたちがとっくにやってた。あんたのとこの巫女様は何を根拠にそう言ってるの? 嘘つきはどっち?」
「やめて、夏生ねぇ! 深琴は――」
ハッと顔をあげれば嫌でも気づいてしまう。
噛みつかれたら即座に反応するはずの深琴が何も言わない。
沈痛な面持ちで夏生の責め苦を受けようとする姿に、一気に足の先まで冷え込んでいくのを感じた。
「……嘘ついてたの?」
「嘘をついているわけじゃねぇ……」
「だったらもっと強く否定してよ! “オレは嘘なんて言わない! 人柱になんかならなくていい”って!」
「……ごめん」
なんで?
嘘をついていないなら何で謝るの?
謝罪の理由が見えなくて、だんだんと胸糞悪くなって歯を食いしばる。
やってられないと深琴の頬を平手打ちしても、いつもみたいに深琴は軽口を叩かなかった。
「サイテー……」
「ほの……」
「サイテーッ! 最低最悪だよっ! 深琴の言葉があったから私はっ……」
信じたいと思った自分がバカみたいだ。
根拠もなく育葉たちに深琴は嘘をつかないと言い張って。
……虚しい。
腹立つ気持ちより、裏切られた失意が強い。
おかしいのに、悲しくなって涙がにじんでくるのは、全部深琴のせいだ。
「もういい。深琴とはもう一緒に旅しない」
希望が絶望に転換する瞬間。
今さら“人柱になってください”となれば、もう何も信じられないと目の前が真っ暗になった。
「ほの……! 待って……!」
深琴の手を振り払い、大股に山小屋へ戻る。
そこに植実が駆け寄ってきて、背伸びをして私の袖を掴んできた。




