4.珀斗と育葉
翌日、熱は引いて快活に動けるようになった。
解放感にうんと伸びをして、足はしっかりと包帯で固定する。
育葉に苦~い痛み止めを飲まされたので、涙目にはなったが活力に満たされていた。
育葉に借りた小袖がずいぶんと汗を吸ってしまったので、晴れたのを良いことに天日干しをしようと洗濯に勤しんだ。
「穂乃花ちゃん。手伝ってくれてありがとねー」
天気が良いうちにと、布団を抱えて育葉が私に並ぶ。
一緒に洗濯をしだしたが、昨夜のこともあり私は会話を切りだせなかった。
「昨日はごめんね。悪気があったわけじゃないの」
そこは姉として意識が高く、私の想いをくみ取って育葉から話しだした。
どう返事をしようか、と悩んでいると布団を干す育葉の手が止まる。
「深琴くんの村にいる巫女様の言う通り、人柱は必要ないのかもしれない。でもごめんなさい。私には断言できない」
「深琴は嘘なんて……」
「うん。深琴くんは嘘をつかない。あんな必死な姿見ちゃったら疑えないよ」
それが演技だったら怖いと付け加え、育葉は困ってしまうと苦笑いをした。
それにどう答えたらいいかわからず、手を止めて視線をさまよわせた。
「深琴くんが嘘をついていなくても。その巫女さまが嘘つきかもしれない」
「巫女様が?」
「だって私たちはその巫女様がどんな人なのか知らないもの。すごい方かもしれないけど、八ツ俣に引けを取らないくらいに力の強い方なのかしら?」
「守里ちゃんは姉妹の誰かだって」
「それなら今さら人柱がいらないなんて言ったりするの?」
答えられない。
育葉の問いに私はうつむくしかなかった。
たしかに姉妹の誰かならば、なぜ今になって人柱がいらないと言うのだろう?
ならばあの日、千種が苦悩の末に口にした決断は何だったんだ?
弱っていた私にとって深琴の言葉は麻薬のようだった。
“希望”なんて綺麗な言葉にして、その言葉の真偽はまるでなかったかのように受け入れた。
ますます泥沼にはまってしまう。
深琴にもっと心を許してもいいのかもしれないと思う反面、どうしても許せない気持ちがあった。
許せない。
だけど私に向けてくれるやさしい眼差しまで疑ってしまうの?
何も持たない私を騙して深琴になんのメリットがある?
(違う。そうやって疑いたいわけじゃない。私はただ、傷ついただけなの)
それをわかってほしい。
深琴はちゃんとわかっているか、さっぱりわからない。
気持ちなんて言葉にしてくれないと、どれだけ思っていても伝わらないんだ。
その言葉でさえ、軽薄に聞こえてしまったら簡単には受け止められなくなるの。
信じない理由を積み重ねたいのではないと、伝えられない自分もあまり良い存在と受け取れないから頭痛の種になっていた。
こういう時、夏生みたいに直感が優れていればよかった。
深琴を信じたくても、あの日の苦しさが過るんだ。
少なくとも共に過ごした時間の深琴を信じたいと思うのが人の情だ。
「それでも私は勾玉を集める。その巫女様を信じてみる。……深琴を、信じる勇気がほしいの」
「穂乃花ちゃん……」
「ダメだったらまたお姉ちゃんたちに迷惑かけちゃうかも」
気持ちを口にするわりに、自信はない。
あんな最低最悪なことをされておいて、こうやって笑う自分はとっくに狂っている。
それでもこのどうしようもない毒に汚染された自分を、姉たちの前では許されたかった。
「誰も迷惑なんて思わないわ。みんな穂乃花ちゃんの味方よ」
育葉は手厳しいことは言うけれど、心根はやさしく、いつでも私の味方になってくれる。
私もまた、いつでも育葉の味方でありたい。
上手く表現ができなくて、不格好に口角だけが上がっていた。
「育葉」
ガサガサと草を踏み分ける足音がした。
顔をあげると、相変わらず感情の読めない顔をした珀斗が歩み寄ってきた。
育葉は慌てて前髪をいじりだし、紅潮した頬を隠そうとする。
お邪魔虫かもしれないと私は静かにその場から離れた。




