4.信じていたもの
「ありがとう。育葉ちゃん、夏生ねぇ。……どうして、そう思うのか聞いてもいい?」
私の問いに育葉は夏生を手で押し、コホンと咳ばらいをする。
「穂乃花ちゃんもよくわかってると思うけど。儀式に巫女の感情は関係ない。あの時、八ツ俣を封印するための準備は万全だった。……そのはずなの」
「はずって……」
「失敗したのには物理的な原因があった。私と夏生はそう考えてるの」
八ツ俣を封印する儀式で必要となったのは“勾玉・鏡・剣”だ。
勾玉は八人姉妹それぞれが一つずつ所有していたもの。
もし育葉たちの考えで見極めれば、問題があったのは“鏡と剣”になる。
「千種ねぇと、八恵ちゃん……」
鏡を長女・千種が、剣を末妹の八恵が守り手を務めていた。
「姉妹を疑いたくない。でもどう考えてもおかしいもの。そうじゃなかったらあの二人が倒れるはずがないもの」
私が巫女としての力を使う直前に起きたこと。
視界にいる姉たちがどんどん倒れていき、それで私は恐怖に支配されて、力を暴走させた。
使い方を誤れば、すべてを無に帰してしまうような爆弾を抱えるのが私だった。
「そんなの……イヤ。イヤだよ……」
大好きな姉妹を疑うなんて、私が最もしたくないことだ。
そんな考えを持つくらいなら、全部私のせいでいい。
全ての罪を背負って八ツ俣に挑む覚悟なんて、この千年で積み重ねてきたはずだから。
「穂乃花ちゃんがここに向かっている。それは夢を見てわかっていた。だから私たちは待つことにしたのよ」
姉妹にはそれぞれ得意とする能力がある。
育葉は夢見の力だ。
私がここに来るとわかったのは予知夢を見ていたからだろう。
それに加えて夏生の直観力。
ギリギリまで反応しないが、直観が反応すれば間違いなく想定した出来事が発生する。
二人は私たちを待っていた。
「勾玉はアタシが集める。穂乃花は植実と一緒に千種ねぇのところで待ってろ」
夏生が強い口調で言いきる。
そんなわけにはいかないと前のめりになる私に、育葉も同じように静かなトーンで続いた。
「勾玉をそろえて、今度こそ儀式を成功させる。姉妹全員が再会するときが、お別れの時と思うと悲しいけれど――」
「待って! ひ、人柱にならなくていいって……」
「はぁ? それ、誰が言ったわけ?」
「み、深琴が……」
間を置かずに夏生が鋭く刺してくる。
先へ進む私の持つ情報と、育葉たちのもつ情報が噛み合っていない。
姉妹で共有しなくては先へ進むにも進めない。
しどろもどろになりながらも、深琴に提示された“希望”を伝えることにした。
「暁月村にいる巫女様が一度仮封印は出来てるから人柱は必要ないって、深琴に言ったらしくて……」
「その巫女様って誰だよ。それって信用できる人なわけ? そもそも深琴って、あの男は信頼できんの――」
「夏生っ!」
直球の夏生に、育葉が止めにかかる。
「深琴は嘘をつかない! 深琴のこと知らないのにそんなこと言わないで!」
すでに張りつめた想いが限界にきていた私は、喉を引き裂くように夏生に八つ当たりをするしかなかった。
感情が抑えられず、穂乃花は育葉の手を振り払うと勢い任せに山小屋を飛び出した。
(あぁ、バカみたい。深琴なんて大嫌いなのに)
自分以外の人に深琴を否定されると、なぜだか嫌だと心が叫んでいた。
「きゃっ!?」
山を駆ける速度と身体の動きが噛み合わず、少し坂になっただけで足をもつれた。
裸足のせいで濡れた地面に足をとられてしまう。
でも逆らう気持ちが湧かず、受け身をとる気にはなれなかった。
今は痛みが欲しい――。
――ドサッ……。
(あれ?)
身体が痛くない。
ほんのり人肌のやわらかさを感じ、おそるおそる顔をあげると静かな美が私の目を奪っていく。
金色の瞳に白銀の長髪、色素の薄い殿方が私を支えている。
非現実的な美しさに私は毒気を抜かれて呆然と立ち尽くした。
「あなた、何? ううん、何って言うのも……」
木々の隙間から光がこぼれ、視界がチカチカしだすと慌てて男の肩を押す。
あやかしの中にも人に近く、神に近しい存在もいる。
目の前の男は高貴な存在ではあるだろうが、もっと違う言葉の方が適切にさえ思えてくるものだった。
「いたっ……」
戸惑っているうちに我に返り、忘れていた現実の痛みが一気に足裏を貫く。
痛みだけではなく、薬で落ちつかせていた熱が一気に襲いかかってきた。
そういえば倒れて目を覚ましたばかりの病人だった。
自分事なのにすっかり忘れていたと、身体から力が抜けていく。
すると急に背後から腕を引っ張られ、足が泥に取られて後方に滑った。




