3.戦う潔癖巫女様!
「伊佐治ぃ……」
そこに物陰でずっと見守っていたであろう植実が顔を出し、伊佐治の袖を掴む。
純真な子供の眼差しに伊佐治は目を見開いた後、物思いに沈んだ微笑みを浮かべて植実の頭を撫でた。
「手は動かねぇが、腕なら動くからな」
「伊佐治……うっ……うう!」
耐え続けた思いが決壊する。
わんわんと声をあげて泣き叫ぶ植実の姿に、ようやく胸の鉛が落ちた。
本当に辛いのを我慢していたのは植実だったと知っているから。
「ところで深琴くんは?」
遊佐の問いに伊佐治は「あー」とぎこちなく視線をそらす。
「今頃山で猪と戦ってっかも」
「「……は?」」
私と遊佐の声が揃う。
結局、本当に鍛冶仕事とは関係なかったと判明し、私の我慢は糸が切れてしまった。
鬱憤一つくらい叫んでやろうと意気込んだ時、そこにちょうど猪を引きずって深琴が戻ってきた。
「伊佐治は素直じゃないのら。村のみんなのお手伝いをしてただけなのら」
詳しく聞けば、薬草採りや畑を荒らす動物を追っ払っていたそうだ。
お年寄りの多い村で深琴のような若者がいることでずいぶんと助かっていたそう……。
(だったらそう言えばいいじゃないの!)
理由がわかったところでしばらく腹立たしい気持ちは消えなかった。
翌日から遊佐が伊佐治の指導のもと、折れた剣の修復作業に入った。
先祖から受け継がれてきた秘密らしく、作業の時間は外に放り出される。
(もうそろそろかなぁ)
間もなく剣の修復が完了するタイミングのこと――。
「うわあああああっ!?」
真っ黒な胴体に、血のように赤い一つ目の化け物が山から下りてくる。
走った後の道が泥沼になっていくのを見て、水害の原因の一つだと察した。
これも八ツ俣の影響なのか。
伊佐治と遊佐が必死になって剣を直そうとしている。
それを邪魔させてたまるか!
今こそ、私が戦う番だと遊佐からもらった薙刀を構えた。
「退きなさい、あやかし!」
深琴に守られているだけで情けなくなる日々。
守里はあっさりと勾玉を渡してきたが、千年前のあの日のことを責めてこなかった。
その優しさが胸にやんわりと針を刺してきた。
痛みというより、じわじわと深く進攻していき膿んでいくみたいだった。
(引けないの! 私は引けないんだから!)
「やああああっ!」
『グギャアアアッ!』
目的を達成するためならば怖いものなんてない。
みんなを守る。
それが果たせたら私は少しだけ逃げた自分を許せるかもしれない。
『しねえええええ!』
あやかしは一体だけではなかった。
他にも木の陰で視界に入らなかったものが複数体おり、私に一斉に襲いかかってくる。
(しまっ――!)
いくら戦い慣れている私でも、このような不意打ちでは対応が間に合わない。
あやかしの爪が眼前を横切り、勝ち目がないと一瞬で悟る。
(いやっ……!)
死にたくない。
その弱さのせいで私は儀式を失敗させてしまったのに――。
「穂乃花っ!!」
銀色の一線が駆け、あやかしの腕を斬り飛ばす。
瑠璃の髪が風になびき、柔軟に身体をひねって勢いに剣を振り下ろした。
鮮やかな戦い方に目を見張っていると、深琴が振り返って歯を見せて笑いかけてくる。
「穂乃花! 頼んだっ!」
また、ズルいと思った。
強くなりたいと願う私に、勝利をまわしてくれるのはあまりに卑怯だ。
そんなことで私の純潔を奪われた傷は癒えないんだから!
あの体内まで蠢くドロドロの粘着は、一生かかっても忘れられない楔となってしまったんだ。
(あーもう! がんばるしかないじゃん!)
信じてもらえるのはこんなにも勇気が出ることなのか。
はじめての感覚に世界が輝いて見える。
かつて姉妹たちを裏切ってしまった罪が今も氷雨となって降り注ぐ。
その罪の意識を上回り、足を前に出すたびに気持ちが強くなった。
息を深く吸い込んで肺を満たす。
「八星巡る 夢の如く相似たり」
開け、狭間よ。この言霊は巫女のまじない。
戦い抜くために、強くなるために、姉妹たちを思いこの身を縛る。
「荒ぶる魂よ 鎮まりくださいませ!」
『ギャアアアアッ!?』
薙刀を振るうと何もない宙に黒い切り込みが入る。
狭間を大きく開いてはいけない。
だから慎重に、あやかしを滅するためだけに刃を振るう。
断末魔とともに村を泥に飲み込もうとしていたあやかしたちは消えていった。




