3.ぐしゃぐしゃの手紙
「オレは今が踏ん張りどころなんだ。普段の旅くらいは気楽にやっていこうぜ」
肩をポンポンとされると途端に頬がムズムズしだす。
そんなに気構えていたつもりはないけれど、気遣われると目頭が熱くなってしまうのは何故?
勾玉を集めるのは自分の責務。姉たちにそれを強いることは出来ない。
自分が暴走して儀式を中断させてしまったのだから当然……。
チュッ……。
額で軽いリップ音が鳴った。
あれほど頬に凝縮していた熱がサーっと引いていく。
深琴を突き飛ばし、両手で額を押さえながら戸口へ猛ダッシュした。
「ほのちゃん?」
あぜ道を走っていると村人とおしゃべりをしている植実に出会う。
「ほのちゃん、真っ赤なのら」
「……そんなはずない」
だって、こんなにも血の気が引けている。
身体だって鳥肌が立って、ぞわぞわが抜けてくれない。
そんな状態で顔が赤くなるはずないのに、植実に指摘されると頭が痛くなって顔面を隠しながらその場にうずくまった。
更に六日経過しても伊佐治と深琴のやりとりは変わらない。
伊佐治は時々道具の手入れをしているようだが、右手は袖に隠したまま。
ずっと黙ってはいたが、見ている側からすると一向に事が進んでいない。
深琴の行動背景がわからないだけに、日に日に葛藤は蓄積していった。
(もう! 深琴が答えてくれないなら伊佐治さんに聞くんだから!)
傷口に塩を塗りたくなかった。
だけど今はそんないい子ちゃんでもいられない。
私が何か言うことで、伊佐治を怒らせたとしても今のままではダメだ。
現実を変えたければ怖くても動くしかないと、拳を握って伊佐治のもとへ向かった。
「伊佐治さん! どうしたら剣を直してくれますか!?」
切り株に座り込み、ボーッと砂利道の向こう側を眺めている伊佐治を見つけるや距離を詰めていく。
「はぁ……深琴が動いてんだろ。嬢ちゃんは待ってなって」
「ただ待ってるなんて出来ない! しっ……心配しちゃダメですか!? 私だって力になりたいと思うのは変ですか!?」
これは深琴だけの問題ではない。
私だって剣を必要としている。
八ツ俣を封印するために、万全な状態に持っていく方が先のためにもいい。
(嘘。そんな理屈だけじゃないよ)
深琴のことなんか嫌いだ。
最低くそ野郎と今でも思っている。
だけど近くにいて、少なくとも使命に対してどれだけ切実な思いを抱えてきたかは肌が痺れるほどに感じてきた。
今が踏ん張り時だと笑っていた深琴の想いを振り回さないでほしい。
理性だけでは割り切れないこともあると、どうしようもない思いが一粒の涙となって落ちた。
「まあ、あんたからすると深琴の行動はわかんねぇよな。そりゃあ、実際意味はない」
「……はっ?」
哀愁漂う空気だったはずなのに、一瞬にして台無しにする温度が耳をかすめた。
ゲラゲラと笑い、酒に酔って鼻を赤くする伊佐治に心が急速に冷え込んでいく。
この血管がブチ切れる感じはなんだろうかと、わなわな手を震わせた。
「深琴をバカにしないで……」
泣くのは嫌だ。
だけど深琴の思いを侮辱されるのはもっと嫌だ。
「深琴と一緒に道を探します。伊佐治さんもちゃんと向き合ってください」
ムカつくけれど割り切れない情がある。
許せない相手だったはずなのに、意外と“深琴を嫌いじゃない”と思っている不思議な自分もいる。
あんな尊厳を奪う出会い方でなければよかったのに、と有り得ない空想に耽る程度には。
「不安にさせたなら悪かったよ。オレも考えたさ。どこかでケジメをつけねぇとってな」
そう言って伊佐治は着物の袖から一枚の手紙を取りだす。
私は怪訝になりつつも手紙を受け取り、中を開いて文字を目で追った。
(これって……)
「配達人に急ぎで頼んで手紙を送った。その返事が来たのが三日前」
「この人ってまさか……」
「そのまさか」
後ろから砂利を擦る音がした。
振り返れば少し前まで守里との恋路を応援していた鍛冶屋の店主。
息を切らして風呂敷に包んだ大荷物を抱える遊佐がいた。
「遊佐さん……?」
「お久しぶりです、伊佐治おじさん」
「おじさん……?」
「遊佐か。でかくなったなぁ」
よっぽど急いできたのか、遊佐の袴は泥まみれで、顔も汗でぐしょぐしょだ。
再び手紙に目を通し、ようやく二人の関係を理解する。
武器製造の需要が減っただけで、遊佐自身は立派な鍛冶師。
伊佐治と遊佐は血縁関係で、今回を機に遊佐を呼び出したというわけだ。
「本当に来るとはな。最後に会ったのはお前がこんなちっちぇ時だ」
そう言って伊佐治は豆粒一つ摘まめる幅で指を平行に並べる。
そんな小さかったら赤ちゃん以下ではないか……。
「おじさんのところに向かったのは知っていましたから別に……」
「それで駆けつけてくるとは義理に熱いねぇ」
「自転車をひたすら漕ぎましたから」
困ったものだと遊佐は苦笑いをして、家の前に倒れる自転車を指す。
タイヤには空気残っていません、とげっそりして言う姿はよっぽど全速力でここまで来たことを物語っていた。




